コラム

台湾がウクライナとは違う理由──中国のサイバー攻撃の裏には地政学的な狙いがある

2022年09月05日(月)14時50分

ウクライナ侵攻の際、アメリカは同盟国を従えてロシアに対する経済制裁を発動した。その効果については議論が分かれるところだが、とりあえずロシアの譲歩は引き出せず、戦争は継続している。一方、経済制裁を課した国々には、そのしわ寄せが来ている。国際政治学者マーク・ガレオッティが「多くの国際制裁では実際の成功よりも成功したように見えることのほうが重視されがちである」と語った通りなのかもしれない(『武器化する世界』マーク・ガレオッティ、原書房、2022年7月21日)。

現在の状況で中国に対して意味のある経済制裁を行うには無理がありそうな気がする。アメリカと中国の経済の実態が、ハーバード大学ベルファーセンターのレポート「The Great Economic Rivalry: China vs the U.S.」(2022年3月)にくわしく書かれている。

世界のGDPの成長の3分1が中国によるものであり、世界でもっとも多くの国の重要な貿易相手はアメリカではなく中国に代わっている。CIAとIMFは経済力の指標としてGDPではなく購買力平価(PPP)を用いているが、購買力平価では中国はすでにアメリカを追い抜いて世界1位となっている。ちなみにウクライナで活躍した衛星通信スターリンクはイーロン・マスクが率いているが、同氏がCEOを務める電気自動車メーカー、テスラの半分は中国で生産されている。イーロン・マスクは、「中国はもっとも多くの車両を生産し、もっとも大きな市場になる」と語っている。

レアアースやリチウムなどさまざまなものが中国に握られており、デカップリングが言われるようになってからもそれは変わらない。簡単に代替できるレベルではないのだ。

中国はロシアは全く違うし、台湾とウクライナも違う。したがって、これから起こることも全く違うと考えた方がよいだろう。

周辺国でサイバー攻撃や影響工作が増加する可能性

中国とアメリカは当面正面切ってぶつかることはなさそうだが、周辺国、特に日本へのサイバー攻撃は激化する可能性が高い。台湾への侵攻でも平和的な手段での併合でも、日本が巻き込まれることは確実である。世界地図を見ればすぐにわかるように、日本の与那国町や石垣島は沖縄本島よりも、はるかに台湾や中国に近い。なんの影響もないと考える方が不自然だ。

日本を含む周辺国の多くは台湾に比べるとレッドライン(超えると相手の本格的な報復を招きかねないライン)が低めに抑えられている。中国がレッドラインを押し上げるためにも、サイバー攻撃による諜報活動、インフラに影響を与えるための準備、影響工作を進める可能性がある。

重要なのは、「時間は中国に有利に働く」ということだ。なぜなら、これまでの記事で繰り返し指摘してきたように、アメリカを中心とする民主主義陣営は衰退している。時間が経てば経つほど不利になるのは明らかだ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 5
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story