コラム

タリバンのネット世論操作高度化の20年の軌跡

2021年10月13日(水)20時00分

オンラインでの存在感の大幅拡大と外交戦略への利用(2017年から現在まで)

2017年になるとアメリカとアフガニスタン政府が現地の状況についてあまり情報を公開しなくなった。さらにアフガニスタン政府は、「安全上の理由」を理由に、国内のWhatsAppとTelegramを20日間停止するよう命じたが、ジャーナリストたちや国民の激しい反発を招き、撤回した。これによってアフガニスタン政府は信頼を失った。

アメリカとアフガニスタン政府からの情報が減り、検閲が行われているのを横目に、タリバンは自分たちの情報の方がアクセスしやすく、透明性が高いと主張した。さらに通信網を破壊して、アフガニスタン政府の情報発信能力をそぎ、情報の空白を作り、それをタリバン発信の情報で埋めるようにした。

2018年、アフガニスタン政府は、タリバンとの3日間の無条件停戦を発表し、2001年以来の停戦となった。この時点で、アフガニスタンの家庭の約40%がインターネットを利用し、90%が携帯電話を利用しており、SNSは市民生活の一部となっていた。

2019年に入るとタリバンのネット上のプロパガンダはさらに完成度を高めた。進行中の戦闘に関するニュースを次々と英語で発信し、インフォグラフィックや短いビデオクリップを添えた。Zabihullah Mujahidのツイッターのアカウントのリーチを高めるためのスパムアカウントのネットワークもでき、定期的にメッセージを拡散するようになった。

また、国際社会に向けての発言は慎重になってきた。たとえば、2019年に起きたニュージーランドの反イスラムのテロ事件について、「ニュージーランド政府に対し、このような事件の再発を防止するとともに、このようなテロの原因を突き止めるための包括的な調査を実施するよう求める」と述べた。復讐を呼びかけたアルカイダやISISの指導者たちの声明とは対照的だ。

また、2019年のアフガニスタンの大統領選では、AlFathというハッシュタグを用いたネット世論操作があったことが、デジタルフォレンジック・リサーチラボのレポートで明らかになっている。

2019年、アメリカはタリバンと和平交渉に入り、翌年には、アフガニスタンでテロ活動しないことをタリバンが保証する見返りとして、2021年5月までにすべてのアメリカ軍を撤退させることで合意した。この合意によってタリバンの国際的な正当性は大幅に高まった。同時に、タリバンはアフガニスタン政府軍への攻撃を強めた。

アメリカとの和平協定は大きなターニングポイントになった、と前掲「How the Taliban did it: Inside the 'operational art' of its military victory」は書き、和平協定がなければ、カブールを手に入れるのは容易ではなかっただろうとしている。

2019年8月8日のThe New York Timesの「The Propaganda War Intensifies in Afghanistan as the Taliban Gain Ground」では、タリバンが勢力を伸ばす中でアフガニスタン政府とタリバンの間でプロパガンダが重要度を増しいると報じた。アフガニスタン政府は国民のパニックを抑え、兵士や民兵の士気を高めなければならない。タリバンは勝利していることを伝え、政権を奪還する意義を訴えていた。

タリバンの勝利は、過激派の夢を広げた

現在のタリバンは、SNSをうまく使いこなしている。The Washington Postは、タリバンが針の穴を通すようにSNSのルールをうまくかいくぐって利用しているとしている。そして、洗練され、高度であることから、少なくともひとつのPR企業が支援していると分析している。今後もSNSを通じて影響力を行使してゆくことが予想される。

タリバンそのもの以上に問題なのは、これがタリバンに留まらない可能性があることだろう。タリバンはISISやアルカイダ、ロシアのネット世論操作を参考にしていた。同じように現在のタリバンのSNS武器化を参考にしているグループがあるはずだ。前掲の過激派はその一例に過ぎない。今後、アメリカの機関などによってタリバンのSNS利用方法が詳細に分析されればされるほど、そのSNS武器化レシピは多くに参照されて広まっていく。

表現は適切ではないが、タリバンの勝利は過激派グループに、ジョン・レノンの「イマジン」のような夢を与えてしまった。「イマジン」は平和で幸福な世界を語り、たったひとりでも夢を追うことの大事さを訴えた名曲だが、タリバンはテロ組織でもここまで大規模なことができるのだという夢を与えてしまった。前掲のデジタルフォレンジック・リサーチラボの記事には、タリバンが過激派の夢をかきたてた、と書いている。今年初頭にアメリカで起きた合衆国議会議事堂襲撃は、混沌とした時代の序章にすぎないかもしれない。その時は日本も例外ではない。


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story