コラム

タリバンのネット世論操作高度化の20年の軌跡

2021年10月13日(水)20時00分

タリバンのSNS武器化

アフガニスタンの安定化にとって「情報」が重要であることはすでに2001年の段階ですでにわかっていた。アメリカのブルッキングス研究所は、2001年10月23日にレポートを公開し、軍事力による征圧よりも情報環境を整備し、テロ組織の情報戦を排除することが重要であると述べている。しかし、その後、実際に起きたのはタリバンの情報戦能力が高度化と影響力の増大だった。

タリバンのSNS利用の高度化についてアメリカのシンクタンクである大西洋評議会がいくつかの記事を公開している。そのひとつでは、タリバンが取った戦法を4つあげている。 アフガン軍の孤立化、情報戦と脅迫による結束力の毀損、暗殺による死の恐怖、交渉による時間稼ぎと軍事力の抑制である。

この4つの中をより効果的に実行するための基盤となったのが、SNSを使ったネット世論操作である。記事でもタリバンがロシア風のネット世論操作を仕掛けていたとしている。同じく大西洋評議会のレポートでは、タリバンのSNS利用の高度化を3つの時期に分けて整理している。

初期のデジタル化(2002年~2009年)、最新のSNSと配信技術の活用(2009年~2017年)、オンラインでの存在感の大幅拡大と外交戦略への利用(2017年~2021年)である。なお、この年代ははっきりそこで区分されるものというよりは目安のようなものだと思われる。関連す他の資料と照らし合わせると、この区分にうまくおさまらないものもある。すべてを紹介すると長くなるのでかいつまんでご紹介したい。くわしく知りたい方のために拙ブログに詳細をアップした。

初期のデジタル化(2002年~2009年)

1993年、ソ連のアフガニスタン撤退後、タリバンが台頭し、1996年に「アフガニスタン・イスラム首長国」を設立した。タリバンは国内で写真やテレビ、インターネットを禁止する一方で、西側メディアへのアピールのために1998年に最初のサイトを立ち上げた。

2001年の9.11同時多発テロとアメリカのアフガニスタン侵攻の後、一時的に崩壊したタリバンは自分たちの正当性を宣伝し、アメリカとアメリカに支援されたアフガニスタン軍に否定的な印象を与える情報を流し始めた。2002年にはメディア部門を設立し、それまで禁止していたライブ映像を解禁した。アメリカ占領下で殺された民間人の死体などの映像は、アメリカを悪役にするためのプロパガンダに有用だった。

タリバンは他のテロリストや反政府組織のプロパガンダを研究していた。たとえばアルカイダが人質の首をはねた映像を公開して国際的な話題になったとき、タリバンも同じことを試みた。しかし、世論の反発が大きかったので射殺する方法に戻した。

2005年、公式ウェブサイトであるAl Emarah (英語、アラビア語、パシュトー語、ダリ語、ウルドゥー語)が開設され、NATOの国際治安支援部隊(ISAF)との戦いの勝利などのプレスリリースを掲載しはじめた。その後、オーディオや動画も掲載するようになった。

2008年までには、タリバンの情報発信は数人の個人に集約されていった。そのうちの1人(あるいは1つのグループ)が「Zabihullah Mujahid」と名乗り、その後タリバンのネット上のスポークスマンとなった。

最新のSNSと配信技術の活用(2009年~2017年)

2009年、タリバンは自身のサイトに、西側諸国がタリバンを貶めるキャンペーンを行っていると非難するメッセージを掲載した。そして既存メディアに頼るだけでなく、支持者や支援者をSNSで組織化をはじめた。
まず2009年にYouTubeのチャンネルを開始し、2011年にはフェイスブックとツイッターに最新情報を投稿するようになった。友好的なブロガーとのネットワークも開拓した。

タリバンはプロパガンダ組織を拡大しつつ、いくつかの州で勢力を拡大し、軍事的にも活発となった。情報提供にも注力し、ISAFやアフガン政府による発表に数時間前先んじて、戦闘の詳細やコメントを西側のジャーナリストに提供していた。

ISISのバイラル・プロパガンダに注目し、同時に米国の連合軍がISISの戦闘員のSNSでの発言をもとに追跡し、殺害したことも重く見ていた。そして、その知識を生かして2015年にTelegramとWhatsAppのチャンネルを開設した。この動きはアウトリーチを向上させるだけでなく、暗号化された通信を行うことで米軍情報機関の盗聴を防ぐ目的があった。

タリバンのプロパガンダは、じょじょにISISのコンテンツに似てきた。映像の質は向上し、イスラム教のナシード(詠唱)に合わせた銃撃戦や自爆攻撃などのアクションに新たな重点が置かれ、時にはドローンで撮影することもあった。2015年から2016年にかけて多くのタリバン戦闘員がスマホを携帯し、戦闘地域の映像を公開するようになった。

この大西洋評議会の記事には、2017年からアメリカの情報が公開されなくなったと書かれていたが、実際にはそれ以前のこの時期にはすでに情報の隠蔽と捏造が行われていたことが「The Afghanistan Papers: A Secret History of the War」(Craig Whitlock)で暴かれている。その一部がThe Washington Postに掲載された。アメリカにはアフガニスタンでうまくいっていないことを公にしたくない政治的事情があり、アメリカ軍、諜報機関、政府の間で情報がうまく共有されず、結果として適切な対処ができなかった。

また、The New York Timesによると2011年の時点ですでにタリバンがアメリカ撤退後を見据えて携帯電話網を手中に収めつつあったことがわかる。電波を利用できる時間を制限することによって密告者の通信手段、アメリカの盗聴や追跡を遮断し、心理戦を繰り広げていた。

うまく機能していないアメリカやアフガニスタン政府に対し、タリバンは着々とそのSNSを高度化して影響力を広げていった。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

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