コラム

ファクトチェックの老舗Snopesの剽窃事件の裏にある問題

2021年09月02日(木)17時20分

ファクトチェック機関の収入源は限られており、フェイスブックやグーグルはそこに甘い餌を撒いているmillionsjoker-iStock

<ファクトチェック老舗Snopesが他社の記事を剽窃していたことを報じた。もっとも信頼できるメディアとみなされてきたので、このニュースはファクトチェック関係者に衝撃を与えた...... >

2021年8月13日にBuzzFeedNewsがファクトチェック老舗Snopesが他社の記事を剽窃していたことを報じた。New York Timesもこの事件を取り上げ、剽窃が60件だったことを伝えた。剽窃を主導していたのは創業者でCEOのDavid Mikkelsonだった。Snopesはファクトチェックの草分けであり、もっとも信頼できるメディアとみなされてきたので、このニュースはファクトチェック関係者に衝撃を与えた。問題となった記事はファクトチェックではなく、同サイトに掲載されていた一般のニュースで目的は広告収入を上げるためのアクセス稼ぎだった。

現在、ファクトチェックを担っているのものの多くは民間の私企業あるいはNPO団体だ。大手メディア企業の1部門なら別だが、自前で活動資金を確保する必要がある。Snopesの収入は同社サイトによると広告収入、読者収入、クラウドファンディングからの収入、寄付などが中心だ。同社はフェイスブックのファクトチェックを行うファクトチェック・パートナーになっていた期間があり、2018年にフェイスブックから得た報酬は$406,000(約4千万円)で、これは開示されている収入全体の33.14%と高い割合を占めている。

ちなみに同じくフェイスブックのファクトチェック・パートナーのFactCheck.orgは、2018年に18万8,881ドル(約1,800万円)、2019年は24万2,400ドル(約2,424万円)をフェイスブックから受け取っていた。

グーグルやフェイスブック、非営利財団などが後押しするファクトチェック活動は広がっており、2018年の段階では47のファクトチェック組織のうち41がメディア企業に関係していたが、2019年は60のうち39がメディア企業に関係しているに留まった。ファクトチェック機関の数は増えているが、伝統的なジャーナリズムとの結びつきは弱まっているのだ。言い方を変えるとグーグルやフェイスブックのファクトチェック団体に対する影響力は増大していると言える。

ファクトチェックというと中立で公正な「正義の味方」のイメージがあるが、必ずしもそうとは限らない。日本では大阪維新の会が始めたファクトチェックが開始後即座に炎上した(朝日新聞)。そもそも政党がファクトチェックを行うことが、非党派性・公正性の原則からはずれるという指摘もされた。ファクトチェック機関に特定の思想や主張あるいは第三者が影響を及ぼすことは望ましくない。しかしファクトチェック機関の収入などの裏側の事情はあまり知られていない。

ファクトチェックの裏側の事情について触れたColombia journalism Reviewの記事では、「政府やテクノロジープラットフォームが、誤情報に焦点を当てるように後押ししていることは否定できない。社会的使命と手法の両方について多くの疑問がある」という言葉が紹介されている。テクノロジープラットフォームとは、グーグルやフェイスブックなどのことだ。彼らがファクトチェックに人々の関心が集まるようにし、その対策に資金を提供している。彼らにとってもっとも重要なのは現在の圧倒的優位な立場を脅かす独占禁止法や個人情報の取り扱い、広告手法に関する規制である。データとアルゴリズムが依って立つこれらの基盤こそがビジネスの源であり、デマや陰謀論、フェイクニュース、コンテンツモデレーションへの注力はそこからできるだけ世間の関心をそらす方便なのかもしれない。

資本主義社会においては、資金が潤沢なところに人が集まる。その結果、政府や企業が資金援助する科学や文化の分野は発展し、そうでない分野は衰退する。結果として政府や企業の目的に沿った活動を行う科学者や文化人しか残らない。同様に資金が潤沢=グーグルやフェイスブックなどの元にファクトチェック団体が集まってしまう可能性がある。

Snopesの収入を見てもフェイスブックからの報酬はかなり役に立っていたのは確かだ。Snopesは2019年にフェイスブックのファクトチェック・パートナーを辞め、今回のスキャンダルが露見した。ファクトチェック機関に取って資金確保は重要な課題だ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

国際刑事裁判所、イスラエル首相らに逮捕状 戦争犯罪

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 5
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story