コラム

世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家だった

2021年03月23日(火)17時33分

理念と実装に乖離があるおかげでクーデターを行わずとも、選挙民主主義の国の選挙で勝って選挙独裁主義向きの制度や組織を導入するだけで選挙独裁主義に移行できる。ハラリが述べたように、以前は理念も実装も異なっていたからすぐに違いがわかった。今は表向き同じ理念を掲げているから移行は容易であり、わかりにくい。

ichida0323c.jpg

まず政権を取るためには最低限の資金や組織力などが必要となる。資金は経済発展および支援は中国からもたらされ、インターネットによって新しい形の組織力が広がった。さらにアメリカを始めとする各国の民主主義振興の後退もあり、非民主主義化は進めやすくなった。これが2006年以降の変化を呼んだのだろう。

理念と実装の間に乖離があることが、民主主義のゼロデイ脆弱性であり、それを利用してシームレスに選挙独裁主義に移行する傾向が起きている。

理念と実装に乖離があるのは利点にもなる場合もある。たとえば「自由で開かれたインド太平洋」に権威主義化の進んでいるインドが参加できるのは民主主義的理念をお題目として唱えればそれで問題なしとしているからだろう。理念と実装がきっちり結びついていたら、権威主義化の進むインドとは手を組みにくいし、少なくとも「自由で開かれた」とは言えない。独裁主義が理念を偽装できるように民主主義でも理念の偽装を許容できる(望ましいこととは思えないし、果たして民主主義の枠内に収まるのか懸念はある)。

皮肉で言っているのではなく、対中国だけを考えるなら効果的だろうと考えている。そして、民主主義でるか否かの境界をあいまいにしておけば、必要に応じていくらでも参加国を増やすことができる。

こうしたあいまいさはこれまでも民主主義を助けてきた。前掲の『民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―』はアメリカの民主主義は制度や法律ではなく、政治家の良識と寛容という「柔らかいガードレール」によって守られてきたと指摘している。

よく言えば柔軟、悪く言えば行き当たりばったりの論理性のない世界で民主主義は「大義」として生き延びてきた。中国とアメリカという対立図式が続く間は、繰り返し「民主主義の危機」を政治の文脈の中で都合よく使ってゆくことになるのだろう。

しかし、この方法には大きな落とし穴がある。すでに選挙独裁主義と独裁主義、権威主義は世界の多数派となっている。この傾向は今後も続く可能性が高い。中国の一帯一路参加国の人口も世界の半分を超え、GDPも超えるだろう。そうなれば経済便益のために選挙民主主義から選挙独裁主義に移行する国は増えるだろう。民主主義のゼロデイ脆弱性(脆弱性を解消する手段がなく脅威にさらされる状態)を放置することは、世界の多くの国が選挙独裁主義に移行する危険性をはらんでいる。それを防ぐためには、新しい形の民主主義=理念と実装の乖離をなくした社会の創造が不可欠である。


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story