コラム

民主主義の危機とはなにか?

2021年01月02日(土)10時00分

さまざまな資料に共通して見られる民主主義後退の要因をまとめると...... kemalbas-iStock

<近年、各方面から叫ばれるようになった「民主主義の危機」。具体的には、どのようなことなのだろうか......>

民主主義の危機とはなにか?

近年、さまざまな形で民主主義の危機が叫ばれている。具体的にはどういうことなのかを整理してみたい。

最近では『歴史の終わり』で有名なフランシス・フクヤマ教授らの論考(Foreign Affairs、2021年1/2月号)が公開された。主としてSNSが民主主義に与える悪影響に焦点をあてて対策を提案していた。

2020年10月21日に刊行された「民主主義とは何か」(宇野重規、講談社)では、序で民主主義の危機として、「ポピュリズムの台頭」、「独裁的指導者の増加」、「第四次産業革命とも呼ばれる技術革新」、「コロナ危機」をあげていた。

2020年3月12日のEUの民主主義行動計画(European Democracy Action Plan)では、民主主義、法の支配、基本的人権をEUの基盤と位置づけ、それを守るためにネット世論操作、メディアの自由と多様性の維持、公正な選挙、市民社会、EU外からの干渉などの克服を課題としてあげ、克服するための具体的な計画を整理した。広範にわたるものなので、くわしくは別途拙ブログに整理した。

はっきりと中国(場合によってはロシアも)を名指しし、その台頭が民主主義を脅かしているという論法の資料も少なくない。変わったところでは、中国とロシアが行っている戦略的な腐敗(汚職)の世界的な拡散が民主主義を腐らせているというレポートもある。

民主主義の危機への対処のため、中国に対抗するためのアライアンスも動き出している。イギリスが主導するデモクラシー10(D10)(Foreign Policy、2020年6月10日)や、テクノロジー10(T10場合によってはT12)(Council on Foreign Relations、2020年11月30日)および自由で開かれたインド太平洋戦略が有名だ。

ただし、これらのアライアンスは対中国の色合いが強く、民主主義はお題目にすぎないように見える。たとえばD10にインドが含まれていることを問題視する有識者もいる。The Guardian(2020年12月15日)でもそのことが指摘されていた。元イギリス外務大臣の言葉として「同盟に引きこみたいと思う国のほとんどは民主主義国ではない」が紹介されており、こうしたアライアンスの難しさを感じさせる。

インドでは民主主義の後退がはっきりと確認されており(Freedom House、2020年2月)、ナレンドラ・モディ首相はポピュリストと呼ばれることも珍しくない。インドが参加する他のアライアンスも同じ問題を抱えていることになる。

こうした資料の中でスタンフォード大学フーヴァー研究所のラリー・ダイアモンドのレポート(2020年7月31日)は、包括的に民主主義の危機を整理しており、参考になる。特に代表的な民主主義指数3つ(Freedom Houseの指数、V-Demの指数、エコノミスト誌のIntelligence Unitの民主主義指数)とりあげて比較分析したうえで、指数的にも民主主義の後退は明らかであることを示しているのは他の資料にはない特徴になっている。ラリー・ダイアモンドはこのレポートで、その原因を下記のように整理している。

 ・政治規範と制度(Political norms and institutions) 民主主義と相性のよい国民性や文化。政治制度、メディア、法の支配の後退。

 ・権威主義的権力の技術(Political craft) 反民主主義的な勢力の技術の向上。たとえばエリートや部外者(移民、特定の人種、国など)への恐怖と敵意を煽り、感情的に反応させる技術、民衆と直接関係を結びつき、民衆を引きつけるカリスマ性などをあげている。

 ・国際環境の変化(International context) 過去においてはアメリカとヨーロッパによる民主主義の振興が民主主義拡大のおおきな要因だった。特に唯一の超大国となったアメリカの影響は大きかった。アメリカが民主主義の振興に積極的でなくなったこと後退のおおきな要因のひとつとしている。

 ・国際的な社会経済的変化(Global socio-economic trends) 21世紀に入ってから4つの相互に関連するおおきな変化があり、いずれも長期的に民主主義への信頼を揺るがす要因となった。民主主義を先導していたアメリカとEUへの信頼低下は深刻だ。

 ・ロシアと中国の台頭(Russian rage and Chinese ambition) ロシアと中国はいずれもシャープ・パワーを使って世界への影響力を拡大している。

これらの資料に共通して見られる民主主義後退の要因をまとめると、第4次産業革命特にSNSの影響拡大、選挙の信頼の毀損、海外からの干渉、中国の台頭、アメリカの民主主義振興努力の後退などになる。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動

ビジネス

英小売売上高、10月は前月比-0.7% 予算案発表

ワールド

中国、日本人の短期ビザ免除を再開 林官房長官「交流

ビジネス

独GDP改定値、第3四半期は前期比+0.1% 速報
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story