コラム

中国が香港の抗議活動弱体化のために行なっていたこと......サイバー攻撃からネット世論操作

2020年07月27日(月)15時30分

●抗議活動サイトへのサイバー攻撃

抗議活動への妨害工作はサイバー空間でも行われていた。2019年6月3日のThe Vergeの記事によると、中国政府由来と思われる攻撃がメッセージサービスTelegram と FireChat に対して行われていた。このふたつのサービスはどちらも暗号化されており、中国政府の検閲や監視を逃れて連絡を取り合うために利用されていた。また、Telegram社自身もツイッターで主に中国のIPアドレスから攻撃があったと語った。

QUARTZは、2019年9月2日、抗議サイトにサイバー攻撃が仕掛けられたことをレポートした。抗議活動参加者たちが情報交換などのために使っていたサイト「LIHKG」が大規模なDDoS攻撃を受けた際、中国の検索エンジン大手百度のオンライン・コミュニティ百度贴吧(Baidu Tieba)とアンチ・ウイルスソフトベンダ奇虎(Qihoo360)の関与が疑われた。

●個人情報漏洩

警察と抗議活動参加者の双方が、顔情報を元に互いの個人情報を特定し合っていた(The New York Times、2019年7月26日)。警察側は顔認証システムによって抗議活動参加者を特定して個人の特定と追跡を行っていると考えられていた。

HONGKONG FREE PRESSによれば2019年8月にできたHK Leaksというサイトに香港の民主化を主張する活動家やジャーナリストなど200人の個人情報が掲載された。このサイトはロシアの「防弾ホスティング」で、サイバー攻撃や削除要求をはねつけるホスティングサービスに構築されており、情報を削除できなかったという。「防弾ホスティング」およびそのサービス主体であるRBN=ロシアン・ビジネス・ネットワークについては、世界的なジャーナリストであるブライアン・クレブスの「Spam Nation」(2014年11月18日、Sourcebooks)、日本語では「サイバー社会用語集」(原書房、95ページより)がくわしい。

HK Leaksの情報を掲載したフェイスブックページは200万人にフォローされており、広い範囲に個人情報が拡散されていることがわかる。中には数百回もの脅迫電話を受けたジャーナリストもいる。

●ネット世論操作

中国には五毛党というネット世論操作部隊が存在している。その対象は主として中国国内だが、台湾にも手を伸ばしている。今回の香港の抗議活動もそのターゲットになった。

2019年8月19日、ツイッター社は、中国由来の936アカウントを削除したと発表した。これらのアカウント以外に、およそ20万のアカウントをアクティブになる前に停止している。香港の抗議活動をターゲットにした国家支援のアカウントである、とツイッター社ははっきりと書いている。次いでフェイスブック社が5つのアカウントと7つのページ、3つのグループを同じ理由で削除した。

その後、ツイッター社のデータをもとにネット世論操作などの分析で知られるデジタル・フォレンジック・リサーチ・ラボ(大西洋評議会)が詳細な分析を行った。従来の五毛党が人手(トロール)による投稿や拡散を行っていたのに対して、今回はプログラム制御によるボットを利用している点が異なっていた。言語の多様性、商用スパムのツイートが混在していること、多くのアカウントが同じ作成日であること、同じ自動化クライアントの使用していることから、金をもらって投稿を拡散するボット業者を利用した可能性が高いと指摘している。投稿内容は、問題が不必要に政治化されている、抗議活動が香港の秩序や安全にとって脅威になっている、といったものが多かった。

The New York Timesは、中国政府がフェイクの画像や動画を使って抗議活動参加者をテロリストに仕立てようとしていると批判した。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国軍、台湾包囲の大規模演習 実弾射撃や港湾封鎖訓

ワールド

和平枠組みで15年間の米安全保障を想定、ゼレンスキ

ワールド

トルコでIS戦闘員と銃撃戦、警察官3人死亡 攻撃警

ビジネス

独経済団体、半数が26年の人員削減を予想 経済危機
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アメリカで肥満は減ったのに、なぜ糖尿病は増えてい…
  • 10
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story