コラム

「開発独裁が効率的」「脱炭素も進む」...中東の「民主国」クウェートで何が起こっているのか

2024年07月17日(水)18時40分

4年間の議会閉鎖中、議会の権限は首長および閣僚評議会(内閣)が肩代わりし、法律(カーヌーン)は布告(マルスーム)として発布されることになった。

実はクウェートが議会を閉鎖するのはこれがはじめてではない。1976年から1981年まで、そして1986年から1991年までにつぐ3回目となる。筆者がクウェートに住んでいたのはまさに2回目の議会閉鎖の時期であった。

前回は、とくに1989年以降、東欧の民主化革命や中国の天安門事件などの影響を受け、クウェート国内でも議会再開運動が勃発。あちこちでデモ隊と警官隊が衝突するなど、かなりの盛り上がりを見せた。当時のクウェート人といえば、成り金のイメージがあったので、こんなに政治のために暴れることもあるんだと、逆に見直した記憶がある。

異例の皇太子指名という、大きな出来事もあった

クウェートでは今回、もう一つ、大きな出来事があった。ミシュアル首長は6月1日、首長令を発布、サバーフ・ハーリド・ハマド・サバーフを皇太子に指名したのだ。

実はクウェート憲法では、皇太子の就任には、国民議会の賛成(忠誠の誓い〔ムバーヤア〕)が必要となっている。皇太子人事に非首長家メンバーが関与できるというのは、1920年代に起こったクウェート民主化運動で、クウェート人が獲得した重要な権利だったはずだ。

だが、国民議会および一部憲法が首長によって停止されているため、その権利が蔑ろにされたことになる。今後、サバーフ家と議会側のあいだで対立がさらに深まる可能性がある(なお、皇太子に関する憲法の規定は停止の対象になっていない)。

また、クウェート憲法では、首長位は代々ムバーラク・サバーフ(大ムバーラク)の子孫によって継承されると規定されているが、慣習的にムバーラクの息子のうち、ジャービルとサーレムの2人の子孫が皇太子・首長についていた(現ミシュアル首長、ナウワーフ前首長、サバーフ元首長はジャービル家、そのまえのサァドはサーレム家出身)。

他方、今回皇太子に指名されたサバーフは、大ムバーラクの子孫であるが、ジャービル家でもサーレム家でもなく、ハマド家の出身であり、これは、大ムバーラク以後のクウェートの歴史上はじめてである(下の家系図参照)。

newsweekjp_20240717093414.png

クウェート首長家の家系図(筆者作成)

多くのクウェート人が他の湾岸諸国と同様の「開発独裁」を...

中東における王位・首長位の継承は兄から弟という水平移動、父から子への垂直移動、そしてこの2つの組み合わせというのが一般的であるが、クウェートはそのどちらでもなく、ジャービル家とサーレム家の「たすきがけ人事」とでも呼べるものであった(ちなみに、ミシュアル首長とサバーフ皇太子は祖父が兄弟の「はとこ」関係である)。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国、来年も政府債発行を「高水準」に維持へ=関係筋

ワールド

ロシアがウクライナを大規模攻撃、3人死亡 各地で停

ワールド

中国、米国に核軍縮の責任果たすよう要求 米国防総省

ビジネス

三井住友トラスト、次期社長に大山氏 海外での資産運
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story