コラム

研究者の死後、蔵書はどう処分されるのか──の、3つの後日談

2022年07月28日(木)17時00分

オマル・ハイヤームのロバーイヤートといえば、19世紀後半に英国の詩人、エドワード・フィッツジェラルドによって英訳されて以来、イランのみならず、というよりイラン以上に世界的に知られるようになった傑作である。ペルシア語原典からだけでなく、英語からの重訳も含めたくさんの日本語訳が公刊されている。

「ペルシア語」以外は日本語と英語・フランス語・ドイツ語などで、いずれもロバーイヤートの翻訳などであった。問題は「ペルシア語」の本で、妻からの依頼は、その4冊の書誌情報をテキスト化して送れというものであった。依頼された4冊はどれも古そうなので、貴重なものも含まれているかもしれず、図書館にはペルシア語ができる司書もいないので、一番頼みやすい私に白羽の矢が立ったというところであろう。

ずいぶん人使いが荒いなあと思いながらも、とりあえず、4冊の表紙などのデジタル画像を送ってもらって、調べてみると、オマル・ハイヤームのロバーイヤートは1冊だけで、もう1冊あったロバーイヤートは、タイトルこそ同じロバーイヤートだが、著者はオマル・ハイヤームではなく、アブー・サイード・アボルヘイルという11世紀なかばに死んだ有名な神秘主義詩人であった。

また、残りの2冊はロバーイヤートですらなく、1冊はロンドンで発行された新約聖書のペルシア語訳(ちなみにこの本には、神保町の有名な古書店、一誠堂のシールが貼ってあった)、もう1冊は19世紀から20世紀はじめにかけて活躍したインドの作家で、ウルドゥー語の最初の小説家ともいわれるナジール・アフマドの作品であった(ただし、こちらは中身を見ていないので、本文がペルシア語なのかウルドゥー語なのか不明だが、ラホールの出版社から出されたものなので、おそらくウルドゥー語だろう)。

本をめぐるさまざまな人間模様にも思いを馳せる

コレクションの主がなぜ、このアラビア文字で書かれた4冊を含む「ロバーイヤート」関連本を後生大事にもっていたのかはわからない。いずれ翻訳でもしようとしたのであろうか?

ただし、オマル・ハイヤームのペルシア語のテキストが1冊だけというのは解せない。明らかに異なる本(しかもそのうちの1冊はウルドゥー文学)が紛れこんでいたことから、ペルシア語がちゃんと読めたかどうかもわからない。ヨーロッパ諸語から訳して、ペルシア語の原典はあくまで参考という程度かもしれない。ペルシア語もウルドゥー語もアラビア文字を使っているので、適当に選んだ可能性もある。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン作戦「目標達成まで継続」、核能力阻止へ=イス

ワールド

ウクライナ和平協議、今週開催の見方崩さず ゼレンス

ワールド

トランプ氏、イラン核・ミサイル計画阻止へ攻撃命令 

ビジネス

米ISM製造業景気指数、2月ほぼ横ばいの52.4 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医師が語る心優先の健康法
  • 2
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 5
    ドバイの空港・ホテルに被害 イランが湾岸諸国に報…
  • 6
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 7
    人気の女性インフルエンサー、「直視できない」すご…
  • 8
    【台湾侵攻は実質不可能に】中国軍粛清で習近平体制…
  • 9
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 10
    【トランプ関税はまだ序章】新関税で得する国・損す…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 3
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 4
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 7
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 8
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 9
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作…
  • 10
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story