コラム

星占いの源流は中東にある、ラッキーアイテムなどなかった

2019年01月24日(木)19時50分

日本でも「ペルシャン占星術」だとか「サビアン占星術」だとかみたいに、何となく中東っぽい占星術が人気なようなので、占星術と中東が密接につながっているのは察せられるだろう(サビアンがほんとに中東っぽいかどうかわからないが、音だけで判断すると、アッバース朝時代に活躍した占星術に長けたサービア教徒に由来するのだろう、きっと)。

アブー・マァシャル以外だとたとえば、万能の天才イブン・シーナー(アビセンナ)と並び称されるビールーニーもそうだ。彼の占星術師としての名声はいろんなところで語られている。個人的に一番好きなのは、アフガニスタンのガズナ朝スルターンのマフムードとの逸話だ。

ある日、マフムードは宮殿の庭園にある4つの扉のついた亭の屋上で、その4つの扉のうち自分がどこから出るか当ててみよとビールーニーの占星術の腕前を試したのである。そこで、ビールーニーはアストロラーベ(中世に用いられた天体観測用の機具)を使って星を読み、その結果を紙片に書いて座布団の下に隠した。

すると、マフムードは人夫を呼び東側の壁に穴をあけさせ、そこから出ていったのだ。戻ってきたスルターンが、ビールーニーが座布団の下に隠した紙片をもってこさせると、そこには「スルターンは4つの扉のどこからも出ず、東側の壁に穴をあけて、そこから出る」と書いてあった。

これを読んで激怒したスルターンは家来に命じてビールーニーを亭の外に投げ落とさせたが、下にテラスがあり、そこに引っかかったため、ビールーニーはケガもなく助かった。スルターンはビールーニーに「いくらおまえでもここまでは見通せまい」というと、ビールーニーはやおら「今日の予報」を取り出した。そこにはなんと「高いところから投げ落とされるが、無事であった」と書かれていた(ニザーミー『四つの講話』より)。

今から千年もまえにこれだけの精度で未来を的中させられたんだから、今だったらもっと正確に当たってもいいはずだ。しかし、そこまでぴったり当てる占星術師にはお目にかかったことがない。

単なる逸話にすぎないといってしまえば、それまでであるが、占星術が経験科学であるのであれば、本来ならこの話も占星術の膨大なデータベースのなかに入っていてもいいはずだ。個人的にはアラビア語やペルシア語、ギリシア語やラテン語など古典語もできない占星術師はだいたいインチキだと思ってしまうのだが、かの業界ではこうした古典の知識はどう評価されるのだろうか。

ちなみにビールーニーは、幾何学、算術、数論、世界の構造(天文学)を完全に習得しなければ、占星術の本質を学んだことにならないと述べている。占星術師は、単なる占い師ではなく、数学の知識や観察力に優れた立派な科学者でなければならないのだ。まあ、そもそも「正座をする」だけで星の定める最悪の運命から逃れられるというのはどう考えてもありえないだろう。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア海軍副司令官が死亡、クルスク州でウクライナの

ワールド

インドネシア中銀、追加利下げ実施へ 景気支援=総裁

ビジネス

午前の日経平均は小幅続伸、米株高でも上値追い限定 

ビジネス

テスラ、6月の英販売台数は前年比12%増=調査
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 8
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 5
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 6
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story