ニュース速報
ワールド

アングル:米市民、ハザードマップで住宅保険に明暗 災害データは「諸刃の剣」

2024年09月01日(日)07時37分

米国では気候変動リスクに関するデータが増加、普及しているが、これは多くの市民にとって諸刃の剣だ。写真はオレゴン州ハンティントン近郊で7月、火災の被害を免れた住宅(2024年 ロイター/Matt Mills McKnight)

David Sherfinski

[リッチモンド(米バージニア州) 26日 トムソン・ロイター財団] - 米フロリダ州で保険代理店を営むドゥルス・スアレスレスニック氏のもとには「洪水ハザードマップのせいで、うちは洪水保険に加入する必要が出てきたのに、お隣が加入しなくていいのはおかしい」という苦情が嫌というほど寄せられる。「マップの指示、つまり、あなたの銀行の指示ですので」と答えるしかない。

米国では気候変動リスクに関するデータが増加、普及しているが、これは多くの市民にとって諸刃の剣だ。個々人が自宅のリスクを把握しやすくなった一方で、それに付随するコストを巡って強烈な反発も引き起こしている。 

オレゴン州は現在、山火事ハザードマップ作りに再度取り組んでいる。2年前にもマップを策定しようとしたが、それをきっかけに住宅保険料を巡る不安と怒りの声が巻き起こり、断念した。保険会社側は、ハザードマップを保険料の計算などには使わないと示唆したが、反発は抑えられなかった。

現在の新しい州法では、保険会社が州のハザードマップを住宅保険契約のキャンセルや保険料値上げの根拠とすることを禁じている。

マップ策定に協力しているオレゴン州立大学の山火事研究科学者、アンディ・マッケボイ氏は入手可能な最高のデータを最も正確なハザード測定につなげるのが新たなマップの目的だと語る。

ただ同氏は「科学がここまで進歩したために、作業は複雑化している」とし、「州全体で利用可能なデータには限界がある」と認めた。それでも、最優先で守るべき地域や不動産を見極める上で、ハザードマップ作りが最も客観的な手法であることには変わりないという。

オレゴン州林業局の報道官、デレク・ガスペリーニ氏は「このマップの目的は、オレゴン州の住民に自分たちが住んでいる場所の危険度を知ってもらうことだ」と話す。

気候変動によって米国では暴風雨が激しさを増しており、山火事や洪水のリスクは高まっている。

マッケボイ氏は「消防の専門家と話をすると、以前とは異なる種類の火災や、火災の増加に直面していることが分かる。われわれは適応しなければならない」と語った。

<食費か保険か>

南部フロリダ州の気象リスクは、オレゴン州とはまた違うが、データを巡る不穏な空気は同じだ。

7月に発効した連邦緊急事態管理庁(FEMA)の新しい洪水ゾーンマップにより、フロリダ州のブロワード郡だけでも推定8万軒以上の不動産が新たに災害危険区域に指定された。これにより建物に新たな要件が課されたり、住民に洪水保険コストがのしかかったりする可能性がある。

だからこそ、FEMAのマップの正確性は極めて重要だ。

ところが8月上旬、米南東部の一部を襲ったハリケーン「デビー」によって被害を受けた不動産の78%は、FEMAの特別洪水危険区域の外に位置していたことが、ハザードマップを策定する財団ファースト・ストリート・ファウンデーションの調べで分かっている。

つまり推計123億ドル(約1兆7800億円)の損害のうち97億ドルが同区域外で発生していた。

FEMAは、ファースト・ストリートとは異なる方法でリスクを分析していると説明。また洪水ハザードマップは将来洪水が起こる場所を予測するためのものではないとしている。

FEMAのエンジニアリング・モデリング部門ディレクター、ルイス・ロドリゲス氏はトムソン・ロイター財団に宛てた声明で、マップは「氾濫原管理の最低基準および、洪水保険における最もリスクの高い区域」を示すように作られていると指摘。「洪水は地図上の線に沿って起こるものではない。雨が降る所はどこでも洪水が起こり得る」と述べた。

いくつかの州では現在、例えば氾濫原に比べて一定の標高以上の場所に家を建てることを義務付けるなど、住宅建設基準を厳格化している。

しかし、地域によっては基準適用が免除されたり、建設会社が規則に従う必要はないと主張したりすることもあると、保険代理店のスアレスレスニック氏は言う。

「つまり、これだけのデータがありながら、実際にはあって無いようなものだ。それが問題だ」と打ち明けた。

しかも、災害によって最も大きな打撃を受けた人々は、自宅の耐久性を強化する金銭的余裕が最も小さい人々であることが多い。

「低所得世帯や、収入が限定されている高齢者にとって、アコーディオンシャッターに7000ドルから8000ドルもかける余裕はない。薬代や食費を払うか、それとも災害保険料を払うかという話だ」とスアレスレスニック氏は語った。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

高市氏「低金利続けるべき」、追加利上げをけん制=自

ワールド

アングル:「世界の工場」目指すインド、ライバル中国

ワールド

焦点:トランプ陣営、激戦州勝利へ賭けの戦略 照準は

ワールド

トランプ氏、移民強制送還を表明 オハイオの「ペット
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    【クイズ】自殺率が最も高い国は?
  • 3
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは...」と飼い主...住宅から巨大ニシキヘビ押収 驚愕のその姿とは?
  • 4
    ロシア空軍が誇るSu-30M戦闘機、黒海上空でウクライ…
  • 5
    広報戦略ミス?...霞んでしまったメーガン妃とヘンリ…
  • 6
    ウクライナ「携帯式兵器」、ロシアSu-25戦闘機に見事…
  • 7
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 8
    キャサリン妃、化学療法終了も「まだ完全復帰はない…
  • 9
    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「…
  • 10
    ウィリアムとヘンリーの間に「信頼はない」...近い将…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは...」と飼い主...住宅から巨大ニシキヘビ押収 驚愕のその姿とは?
  • 3
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 4
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 5
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 6
    アメリカの住宅がどんどん小さくなる謎
  • 7
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 8
    メーガン妃が自身の国際的影響力について語る...「単…
  • 9
    ロシア国内の「黒海艦隊」基地を、ウクライナ「水上…
  • 10
    【クイズ】自殺率が最も高い国は?
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 10
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中