ニュース速報
ワールド

アングル:300%インフレのアルゼンチン、「主食」の牛肉も消費減る

2024年06月29日(土)08時10分

 アルゼンチンといえば、ステーキハウスと広大な肉牛牧場、「アサード」と呼ばれるバーベキューが名物だ。だが年率3桁のインフレと景気後退で、牛肉消費量はかつてないほどの水準に落ち込んでいる。写真左は肉屋を営むダリオ・バランデグイさん(76)。6月10日、ブエノスアイレスで撮影(2024年 ロイター/Agustin Marcarian)

Candelaria Grimberg

[ブエノスアイレス 22日 ロイター] - アルゼンチンといえば、ステーキハウスと広大な肉牛牧場、「アサード」と呼ばれるバーベキューが名物だ。だが、年率3桁のインフレと景気後退で人々は財布のひもを引き締めざるを得ず、牛肉消費量はかつてないほどの水準に落ち込んでいる。

サッカーやマテ茶と並んで、牛肉は常にアルゼンチン社会に不可欠なものだった。にもかかわらず、消費量は年初から既に約16%減少した。

多くのアルゼンチンの住宅には作り付けの「パリージャ(アルゼンチン風焼き肉)」用のグリルがあり、家族が顔をそろえる場になっている。ブエノスアイレスの街並みのあちこちにはステーキハウスが見られ、建設現場や抗議集会の会場でさえ、即席のバーベキュー台の周りに人々が集まり、牛肉に舌鼓を打つ。

肉屋の行列に並ぶ年金生活者のクラウディア・サンマルティンさん(66)は「牛肉はアルゼンチンの食生活になくてはならないものだ。たとえるなら今は、パスタを取り上げられたイタリア人のような状態だ」とロイターに語った。洗剤など他の買い物に関しては積極的に節約しているが、牛肉は「聖域」だと語った。

「こんなご時世だから、アルゼンチン人はどんなことでも我慢できるとは思う。だが、肉なしでは生きていけない」とサンマルティンさんは言う。

ただ最新のデータでは、アルゼンチン国民の今年の牛肉消費量は年間約44キログラムのペースとなっており、52キロを超えた昨年や、100キロ以上消費していた1950年代に比べ激減している。

牛肉消費量の長期的な減少の背景には、ブタやニワトリなどほかの肉や、パスタなどもっと低価格な食品へのシフトがある。だが今年の急減を引き起こした原因は、300%近いインフレと、リバタリアン(自由至上主義)のハビエル・ミレイ大統領による厳格な財政緊縮策に伴う経済成長の失速だ。

貧困は拡大し、大都市ではホームレスが増加してスープキッチン(無料の炊き出し)の行列が長くなっている。肉、牛乳、野菜といった食材の消費を減らす家庭も多い。前月比での物価上昇は鈍化しているが、実感はないと人々は言う。

国内の食肉業者組合CICCRAのミゲル・スキアリティ会長は「今の状況は危機的だ。消費者は何でも、財布の中身と相談の上で決めている」と語り、肉消費の低迷は続くと予想する。

「国民の購買力は月を追うごとに低下している」

<肉よりパスタ>

ブエノスアイレス州の農業地帯では、肉牛を育てる牧場主らが危機感を募らせる。

ギリエルモ・トラモンティニさん(53)は、昨年の干ばつで多くの家畜に被害が出たせいで投入原価が上昇したと分析。「牛肉が高いというわけではなく、人々の購買力がひどく低下した」と述べ、畜産農家は従業員の解雇を避けるために設備投資に慎重になっていると語った。

国内消費が減少する中で輸出は増加しているものの、国際価格は下落しており、農家の増収にはつながっていない。アルゼンチン産牛肉の輸出先は中国の比率が圧倒的に高いが、購入されるのは、アルゼンチン国内では買い手がなかった安価な部位の肉だ。

CICCRAのスキアリティ会長は「輸出量こそ高水準を維持しているが、輸出部門は非常に厳しい時期を迎えている。国際市場における価格は大幅に下落した」と語る。

<売れるのは「最も安い部位」>

ヘラルド・トムシンさん(61)は、ブエノスアイレスの肉屋で働くようになって40年になる。人々は今も牛肉を買いに来るが、なるべく低価格な商品を探すのが常だと語る。

「客足は変わらないが、問題は買う量が減っていることだ。ほかの肉に乗り換える人もいるし、いつもお買い得品ばかり探している」

肉屋を営むダリオ・バランデグイさん(76)は、牛肉の中でも最も安い部位か、もっと安い肉が売れるようになっていると話す。

「このところ鶏肉と豚肉の消費がかなり増えている」とバランデグイさんは言う。

自称「無政府主義的資本主義者」で、自由市場を信奉するエコノミストであるミレイ大統領は、前任のペロン党政権による牛肉価格の凍結を解除した。

「物価が非常に上がっており、牛肉もここまで高くなると手が出ない」と語るのは、教師のファクンド・レイナルさん(41)。バーベキューで交流する時間も減っていくと予想している。

「全般的にバーベキューの機会が減っている。このアルゼンチンの文化にとっては大切な要素なのに」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

24年路線価は2.3%上昇、3年連続プラス 人流回

ビジネス

24年路線価は2.3%上昇、3年連続プラス 人流回

ビジネス

BIS、選挙前の公的債務増加に警告 金融市場混乱の

ワールド

再送-金総書記のバッジ、当局者が公務で初着用 個人
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:小池百合子の最終章
特集:小池百合子の最終章
2024年7月 2日号(6/25発売)

「大衆の敵」をつくり出し「ワンフレーズ」で局面を変える小池百合子の力の源泉と日和見政治の限界

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「帰ってきた白の王妃」とは?
  • 3
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」...滑空爆弾の「超低空」発射で爆撃成功する映像
  • 4
    キャサリン妃は「ロイヤルウェディング」で何を着た…
  • 5
    大統領選討論会で大惨事を演じたバイデンを、民主党…
  • 6
    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…
  • 7
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地.…
  • 8
    ウクライナ軍がロシアのSu-25戦闘機を撃墜...ドネツ…
  • 9
    ガチ中華ってホントに美味しいの? 中国人の私はオス…
  • 10
    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地...2枚の衛星画像が示す「シャヘド136」発射拠点の被害規模
  • 3
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「帰ってきた白の王妃」とは?
  • 4
    ミラノ五輪狙う韓国女子フィギュアのイ・ヘイン、セク…
  • 5
    ガチ中華ってホントに美味しいの? 中国人の私はオス…
  • 6
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」.…
  • 7
    「大丈夫」...アン王女の容態について、夫ローレンス…
  • 8
    キャサリン妃は「ロイヤルウェディング」で何を着た…
  • 9
    衛星画像で発見された米海軍の極秘潜水艇「マンタレ…
  • 10
    貨物コンテナを蜂の巣のように改造した自爆ドローン…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に
  • 3
    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア
  • 4
    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…
  • 5
    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…
  • 6
    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 7
    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…
  • 8
    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…
  • 9
    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…
  • 10
    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中