ニュース速報
ワールド

アングル:「もしトラ」に焦る米移民希望者、つけ込むあっせん組織

2024年03月03日(日)08時05分

 米国に移り住んでより良い生活をしたいと願うノエ・バルガスさん(32)はこれまで2カ月間、警察の目をかわしながら、ニカラグアの自宅からバスとバイクで北へゆっくりと進んできた。写真はメキシコのウイストラで、米国境に向かって歩く移民の集団(キャラバン)。1月26日撮影(2024年 ロイター/Jose Torres)

Anastasia Moloney Diana Baptista

[メキシコシティ/ボゴタ 28日 トムソン・ロイター財団] - 米国に移り住んでより良い生活をしたいと願うノエ・バルガスさん(32)はこれまで2カ月間、警察の目をかわしながら、ニカラグアの自宅からバスとバイクで北へゆっくりと進んできた。

そしてメキシコ市の移民キャンプに逃げ込んだ今、米国への越境を急いでいる。

密入国あっせん組織らが流すインターネットの情報やうわさ話を信じるなら、バルガさんをはじめ、アメリカンドリームを追い求めている何十万人もの移民希望者にとって時間は限られつつあるからだ。

SNSには不安をあおるように、米国で新たにより厳しい移民政策が計画されているといった情報が書き込まれ、11月の米大統領選も移民希望者の切迫感を一層募らせている。

バルガスさんは、そうした規制強化に先んじて、早急に米国へ潜り込ませてくれる密入国あっせん者を必死で探し回っているところだ。

メキシコ市の移民キャンプは、主に中米や南米からやってきた多数の米移民希望者で混雑。こうした人々は正式な難民申請手続きをするか、あるいは不法に越境する準備を整えている。

その1人のバルガスさんはトムソン・ロイター財団に「(前大統領の)トランプ氏が返り咲くと聞いている。彼は移民希望者の強制送還を始めるだろうから、事態はひどいことになる」と先行きへの不安を明かした。

こうした米国への移民希望者たちは、目まぐるしく変更される密入国あっせん組織からのオファーや、多くが間違っているSNS上の情報に頼って重要な決定を下している。

移民希望者が目にする情報の大半は、フェイスブックとワッツアップ経由で、援助団体や公的機関が発信したものではない。内容のうち本当の話はせいぜい半分、または真実のように思える虚構に過ぎない。

移民希望者にとって、信頼できて正確な情報は避難施設や水と同じぐらい重要な意味を持つようになった。しかし密入国あっせん者や犯罪組織がばらまくネット情報は、うそか本当か判別するのが難しい。

移民希望者の間で最も利用されているフェイスブックは、密入国あっせんのコンテンツを禁止していると主張。運営会社メタの広報担当者はトムソン・ロイター財団に「われわれは密入国をあっせんするコンテンツないしサービスをプラットフォーム上で禁じており、見つけ次第削除する」と明言した。

ただ専門家が見たところでは、偽アカウントが削除されている形跡は非常に乏しい。

巨大プラットフォーム企業に正確な情報を得られる環境を確立する責任を求めているテック・トランスパレンシー・プロジェクトのケイティー・ポール氏によると、フェイスブックは中南米地域で最も利用者が多いSNSであるがゆえに、最大の誤情報の供給源になっている。

「現状から脱出できるなら何でもするし、何でも受け入れる」とわらにもすがる思いの人々が、規制面で野放しのプラットフォームと結びついている状況は、密入国あっせん組織や詐欺グループの活動を勢いづかせているとポール氏は説明した。

<トランプ氏の脅威も利用>

ネットに偽情報で出回る流れは、米大統領選が近づくとともにさらに加速する公算が大きく、貧困や犯罪集団からの暴力、失業、気候変動などさまざまな理由で母国を逃れてきた移民希望者の決断に影響を及ぼしつつある。

米大統領選とその結果は、メキシコで「コヨーテ」と呼ばれる密入国あっせん組織がSNSで発信する情報にも反映され、移民希望者に求める料金も左右している。

例えばバイデン大統領が就任した2021年、あっせん組織はまず応募者を集めるため、バイデン政権下で、国境管理と米国在留許可が緩くなるとうそを宣伝。一方で実際には国境管理が厳格化され、密入国が難しく危険になったことであっせん組織に10-20%の上乗せ料金を支払わなければならないという話も伝わってきている。

ポール氏は、国境はがら空きだという米共和党の間違った主張を、あっせん組織があたかも事実であるかのようにそのまま流していると述べた。

このような情報操作の結果、バイデン政権になって米国境に殺到する移民希望者は過去最高に達した。

そして11月の大統領選にトランプ氏が共和党候補として臨みそうな情勢になった今、あっせん組織は移民希望者らに対して即座に行動するよう呼びかけている。トランプ氏が再び大統領になれば、国境管理が厳格化され、強制送還が増える恐れがあるという以前とは正反対の理屈からだ。

難民・移民援助団体インターナショナル・レスキュー・コミッティーのメキシコ担当ディレクター、ラファエル・ベラスケス氏は「あっせん組織は自分たちのもうけを増やせるならどんなことも言うし、何でもやる」と警鐘を鳴らす。

ベラスケス氏はその一例として、ワッツアップに「米国境が閉じようとしている。今すぐ走り込め」とのメッセージが書き込まれていることを挙げた。

グアテマラで農家をしていたというカルロス・アギラーさんも、大統領選前に米国入りし、既に生活している親族に合流するのが望みで「コヨーテがゴーサインを出せばいつでも行くつもりだが、今の方がチャンスが大きいと聞いている」と話す。

しかしベラスケス氏は、混乱に乗じて偽情報を拡散し、移民希望者を焦らせるのがあっせん者や犯罪組織の手口だと指摘。「コヨーテが何か言ったことに耳を傾け、行動しているなら、それは情報のクロスチェックをしていないことになる」と強調した。

一部のあっせん組織はフェイスブック上で、偽の旅行代理店を装ってより短時間だが割高な米入国ルートを提示しているし、別の組織は、かなり楽に米入国を果たした移民希望者を紹介した動画を掲載して利用者を募集している。

ベラスケス氏によると、ハイチ出身者や非スペイン語圏の移民希望者は、信頼に足る情報へのアクセスがさらに難しい。アフガニスタン人の移民希望者に至っては、メキシコの犯罪組織の間で「カモ」扱いされているという。

こうした中でテック・トランスパレンシー・プロジェクトが調べた限りでは、フェイスブックは情報弱者の移民希望者を狙って誤解を与えたり危険をもたらしたりする投稿の拡散に歯止めをかけられていない。

ポール氏は「われわれは、一大産業規模で展開されている移民希望者を食い物にする犯罪を、このプラットフォームが助長し、その弊害への対応を怠っているという話をしている」と憤りを隠せない様子だ。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:FRB当局者、利下げの準備はできていると

ワールド

米共和党のチェイニー元副大統領、ハリス氏投票を表明

ワールド

アングル:AI洪水予測で災害前に補助金支給、ナイジ

ワールド

アングル:中国にのしかかる「肥満問題」、経済低迷で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が増加する」農水省とJAの利益優先で国民は置き去りに
  • 3
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元で7ゴール見られてお得」日本に大敗した中国ファンの本音は...
  • 4
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 5
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 6
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 7
    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…
  • 8
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 9
    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…
  • 10
    川底から発見された「エイリアンの頭」の謎...ネット…
  • 1
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つの共通点
  • 4
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 5
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 8
    再結成オアシスのリアムが反論!「その態度最悪」「…
  • 9
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中