ニュース速報
ワールド

アングル:台湾避難民に身構える与那国島、見えない政府計画

2023年12月08日(金)11時16分

12月6日 ベトナム戦争終結から2年が経った1977年、計113人の避難民が日本最西端の与那国島にやってきた。それから50年、台湾海峡の緊張が高まる中、島は再び避難民がやってくる可能性に身構えている。写真は島の伝統、闘牛を見る島民。11月10日、沖縄県与那国町で撮影(2023年 ロイター/Issei Kato)

Tim Kelly Kaori Kaneko Yukiko Toyoda

[与那国町(沖縄県) 6日 ロイター] - 沖縄県の与那国島で商店を営む崎原孫吉さん(80)は、島に漂着したベトナム人に遭遇したときのことを昨日のことのように思い出す。店にほど近い浜で見つけた彼らは男性4人以上、小さな船で海を2000キロ渡り、日本最西端の島にやって来た。1977年のことだ。

戦争終結から2年経ってもなお混乱するベトナムから大量の人びとが流出し、与那国島にも彼らを含め113人が辿り着いた。台湾の密航者を監視する仕事を沖縄県から依頼されていた崎原さんは、「台湾の人だと最初思った」と話す。英語が分かる島民を介して意思疎通し、公民館へ連れて行った。

それから約50年、与那国島は避難民がやって来るリスクに再び向き合いつつある。西へ110キロ、条件が良ければ目視できる台湾から押し寄せる可能性だ。人口2400万人の台湾は中国が自国の一部とみなし、武力統一も辞さない構えをみせている。台湾海峡は緊張が高まっているが、人口1700人程度の与那国島が避難民を受け入れる準備は整っていない。

日本政府は昨年末、台湾有事などを念頭に過去最大となる5年間で43兆円の防衛費を決定した。しかし、日本に来る可能性がある避難民の対処計画はそこに含まれていない。

<島の災害リストに「難民漂着」>

ロイターが取材した現職、元職の政府や自治体関係者、島民の多くは、有事が起きれば避難民が台湾から与那国島を目指す可能性があるとみていた。中には数百人、数千人が来ると予想する関係者もいた。しかし、同関係者らによると現時点で政府に対処計画はなく、支援を求める地方自治体の声にも反応はない。

「(政府関係者は)みんな口にガムテープだ」と、糸数健一・与那国町長は言う。「シミュレーションをしているのかどうかも分からない」と、同町長は話す。町役場の掲示板には島が過去に経験した災害一覧が貼られ、「ベトナム難民漂着」もリストに含まれている。7月に松野博一官房長官が島を訪れた際、糸数町長は避難民受け入れについて直接支援を求めたが、具体的な回答はなかったという。

米政府内には、中国が2027年までに台湾侵攻の準備を整えるとの見方がある。11月に米サンフランシスコでバイデン大統領と会談した習近平国家主席は、そんな計画はないと伝えたが、来年1月の台湾総統選に与党・民進党の候補として立った頼清徳副総統の勝利が有力視される中、習主席は台湾への圧力を強めている。

台湾政府は、人道危機が発生した場合の協力について日本と協議しているかどうかコメントを控えた。一方、中国の威圧には屈しないとロイターに回答した。

日本の内閣官房は、「一般に政府において多くの避難民がやって来たら関係の省庁が連携して対応する」とした。与那国町長が松野官房長官に避難民対応の支援を求めたかどうかについては、把握していないとした。

<ポーランドの教訓>

日本政府は避難民が来る可能性について公に言及していない。ロイターの取材に応じた有事対応に詳しい関係者らは、台湾から海を渡って日本に避難民が来る可能性はあると見ているが、正確な人数は予測できないと口を揃える。

「何百という船が来ると思う。中国軍は海上封鎖をするだろうが、数が多すぎて止めきれないだろう」と、海上警備に詳しい政府関係者は言う。避難民への対応は政府内で検討中と、同関係者は話す。

日本は大量の避難民を選別して受け入れ、輸送して住居や食料を用意することを経験したことがない。複数の省庁と地方自治体、民間企業を巻き込んだ複雑な作業になると、関係者らは指摘する。

日本は多数の避難民を受け入れるかどうか政治判断を迫られると、元沖縄総領事で米国務省の日本部長を務めたケビン・メア氏は言う。「日本は難民を受け入れることに後ろ向きだったが、どういう判断になっても現実には船が日本を目指してやって来る」と、メア氏は話す。

ポーランドを昨年訪問した自衛隊制服組トップの吉田圭秀統合幕僚長は、ロシア侵攻後にウクライナから流入した避難民への対応の難しさを目の当たりにしたという。自衛隊の演習視察で11月に鹿児島県徳之島を訪れた吉田氏は、「一般的にわが国周辺で緊急事態が起きたときには、避難民が来ることが十分考えられる」とロイターに語った。「自衛隊だけでできることではなく、政府全体の中で検討は進められていくものと認識している」と述べた。

「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」。そう話す岸田文雄首相の見通しが現実のものとなれば、避難民にまず対応するのは与那国島に約200人駐在する陸上自衛隊の監視部隊かもしれない。しかし、岸田政権が昨年発表した安全保障の3文書に、外国からの避難民に関する記述はない。

具体的な対策を立案することに日本政府は躊躇(ちゅうちょ)するだろう、と日本の事情に詳しい米政府関係者は言う。計画を立てていることが表沙汰になれば、日本は台湾有事に備えていると中国が反発する可能性があると、同関係者は話す。

与那国町を管轄する沖縄県との関係も課題だ。米軍基地の縮小を求めるとともに、県内に自衛隊の基地が増えていることを懸念する玉城デニー知事は、避難民への対応は政府の仕事だと主張する。9月にインタビューに応じた玉城知事は、「台湾から避難してくる人に関してどうするかはまだ十分な議論ができていない」と語った。「国の方針があって、それで都道府県、市町村がどのような形で協力するかということだと思う」と述べた。

沖縄県は今年3月、国や自衛隊の関係者なども交えて先島諸島の住民を島外へ避難させる図上訓練を初めて実施した。与那国島を含めた住民11万人、観光客1万人を九州へ避難させると想定し、完了までに6日かかると試算した。

訓練に同席した国士舘大学の中林啓修准教授は「台湾で何かあったときは、台湾から人が来ない保障はない」と話す。日台間には外交関係がなく、米国のように政府関係者の往来を促進する関係法制もない。「今の制度の枠組みを超えてくる」と、中林准教授は語る。

<備蓄は1─2日分>

与那国島で生まれ育ち、2年前に沖縄本島から戻った33歳の男性は、「避難しろと言われても俺は避難しない。他の島へ避難するくらいならここで死んだほうがいい」と語る。男性は島名物のカジキを船から港へ水揚げしながら、与那国島が避難民を受け入れるのは難しいと話す。「(政府に)計画がないなら計画をしてもらうしかない」。

半世紀前にベトナム難民の受け入れ施設となった島の公民館は10年前に閉鎖され、崩れかけたコンクリートの壁は緑色のネットで覆われていた。島民の中には、政府の支援がなければ島の警察官2人と町役場の職員などが対応に当たることになると考える人もいる。

元自衛官の洲鎌浩二さん(65)は島の災害対応能力を高めるため、今年4月から町役場で働き始めた。島内に3カ所あるスチール製の倉庫に備蓄する水や食料など緊急物資を調達するのも仕事の1つだ。「1、2日分ぐらい。島民と観光客用で、余分はない」と、洲鎌さんは話す。

(Tim Kelly、金子かおり、豊田祐基子 編集:David Crawshaw、久保信博、橋本浩) *カテゴリを修正して再送します。

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:FRB当局者、利下げの準備はできていると

ワールド

米共和党のチェイニー元副大統領、ハリス氏投票を表明

ワールド

アングル:AI洪水予測で災害前に補助金支給、ナイジ

ワールド

アングル:中国にのしかかる「肥満問題」、経済低迷で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が増加する」農水省とJAの利益優先で国民は置き去りに
  • 3
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元で7ゴール見られてお得」日本に大敗した中国ファンの本音は...
  • 4
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 5
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 6
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 7
    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…
  • 8
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 9
    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…
  • 10
    川底から発見された「エイリアンの頭」の謎...ネット…
  • 1
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つの共通点
  • 4
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 5
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 8
    再結成オアシスのリアムが反論!「その態度最悪」「…
  • 9
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中