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焦点:米民主党、中絶問題争点化へ 最高裁判決で危機感
米最高裁は1日、人工妊娠中絶をほぼ全面的に禁止することを定めたテキサス州の法律の差し止めを認めない判決を下した。写真はテキサス州オースティンで7月、州の投票権制限の動きに反対する集会に参加した人(2021年 ロイター/Callaghan O'Hare)
[2日 ロイター] - 米最高裁は1日、人工妊娠中絶をほぼ全面的に禁止することを定めたテキサス州の法律の差し止めを認めない判決を下した。これを受け危機感を抱いた民主党の選挙候補者や中絶支持団体は、声をそろえて緊急メッセージを発している。次の選挙では「中絶の権利が重大な争点に浮上した」と──。
最高裁判決からわずか数時間のうちに、カリフォルニア州知事のリコール(解職請求)の是非と後任を決める選挙(今月14日)やバージニア州知事選(11月)に出馬する民主党候補者は、共和党候補が当選すれば中絶が非合法化されると訴えつつ、熱心に献金を呼び掛けた。
議会ではペロシ下院議長が、月内に全米レベルで中絶の権利を守るための法案を下院で採決すると表明した。
民主党は何十年も前から、各州や裁判所などで共和党が中絶の権利を攻撃する恐れがあると警鐘を鳴らしてきたが、それは多分に政治的なメリットが理由だった。しかし、今は脅威が「仮定の話」ではなくなった、と民主党州議会選挙運営委員会の広報担当者は断言する。
今回の件で、最高裁は全米での中絶合憲を認めた1973年の判決に対する異議申し立てに耳を傾ける懸念が出てきた。このため民主党系の団体の間には、向こう1年で実施される選挙に穏健的な政治信条の郊外に住む有権者や女性が活発に投票し、連邦議会や州議会の勢力図を左右する存在になってくれるのではないかとの期待が広がっている。
テキサス州以外でも、共和党が優勢な4つの州で中絶を全面的、ないしほぼ全面的に禁止する法律が発効しており、フロリダ州議会上院の共和党トップは2日、同様の法案通過を目指すと発言した。
民主党のバージニア州知事候補テリー・マコーリフ氏は、記者会見で「これは米国の全ての州でテキサスのような事態が起きかねないという警報とみなすべきだ」と強調した。
対照的に共和党側は、最高裁の判決について総じて沈黙を守っている。ロイターは、幾つかの連邦議会や州議会の同党選挙運営委員会にコメントを求めたが、回答はない。
ロイター/イプソス調査によると、中絶を全部もしくはほとんどのケースで合法にするべきと答えたのは約52%、非合法が妥当としたのは36%。中絶の権利に賛成する傾向は共和党員より民主党員が強いものの、近年では双方で支持が上昇している。
過去の選挙では共和党側が「中絶反対」の姿勢で保守派を取り込み、党勢拡大にうまく利用してきた。しかし、専門家は今回の場合、民主党が中絶の権利に真の脅威が迫っているとみなすならば、彼らがこの問題で追い風を受けてもおかしくないと述べた。
民主党の州知事会は2日、年内のカリフォルニア、バージニア、ニュージャージーの各州知事選に向けて、生殖に関する諸権利を守るための献金を要請。ミシガン大学の政治学者、ニコラス・バレンティノ氏は「中絶を巡る脅威は、つい最近まで左派を動かすほどの大きさではなかった」と語り、状況が急変したとの見方を示した。
今から来年末までに、米国では38の州知事選と、上下両院合わせて99ある州議会のうち91で選挙が行われ、連邦議会の中間選挙も控える。
その皮切りとなるカリフォルニアの州知事リコール選挙に臨む現職のニューサム知事(民主党)の陣営は、中絶支持団体と「共闘」し、民主党支持者に積極的な投票を呼び掛ける計画だ、と広報担当者が明かした。
ニューサム氏自身もツイッターに「テキサスは実質的に女性の選択権を封じてしまった。もし、われわれが14日に共和党のリコールにノーを突きつけなければ、カリフォルニアも将来同じようになりかねない」と投稿した。
バージニアでは、民主党州知事候補のマコーリフ氏の陣営が、共和党候補のグレン・ヤンキン氏は中絶禁止を望んでいると主張する政治広告を打ち出している。ヤンキン氏陣営はツイッターで、マコーリフ氏を「過激な中絶推進派の仲間」だと反論。ヤンキン氏自らも、中絶には反対しているが、これを選挙の主な争点にしているわけではないと述べた。
ライス大学の政治学者、ロバート・スタイン氏は、テキサスの中絶規制だけで同州の郊外地域に幅広く反共和党ムードを生み出せるとは思えないとした上で、そうした雰囲気をもたらすには民主党がトランプ前大統領並みの脅威にさらされる必要があり、最高裁が1973年の中絶合憲判決をひっくり返すぐらいの材料が出てこなければならないとみている。
<州レベルで苦戦する民主党>
今回の最高裁の判決は、政治的な分断が進む米国で、民主党が中央政界以外の足場拡大でいかに苦戦を強いられているかを浮き彫りにしている。
複数の党幹部は密かに、過去10年間で共和党が基盤を強化してきた州レベルの動きに十分注意を払ってこなかったと認める。民主党は昨年、州議会選挙に過去最大の5100万ドルを集めて投入したものの、目標としていたテキサス、ノースカロライナ、アリゾナ、ミネソタ、ミシガン、アイオワ、ペンシルベニアで勝利を手にすることができなかった。
全米50州のうち、23州は共和党が知事と議会の多数派を握り、今後10年間の連邦下院議員選挙区割りで有利な立場を確保している。民主党が優勢なのは15州にとどまり、残りは両党の勢力が伯仲する。
政治分断は、中絶問題でとりわけ鮮明化している。中絶を支持する調査団体のグットマッヒャー・インスティテュートによると、今年前半に各州議会が制定した中絶規制は過去最高の90に達したが、ほぼ全ては共和党が多数派の議会だった。これに対して、民主党が優勢な州議会の多くは、中絶の権利拡大を行った。
民主党にとって、特にいら立たしいのはテキサスだ。共和党が優位に立つ州として最も人口が多いテキサスについて、民主党はマイノリティーの人口増加が形勢逆転のチャンスだとみなしている。ところが、選挙のたびに思ったほど党勢が伸びず、今週になってこの中絶規制や銃所持の権利を広げる法律などの可決を許している。
(Andy Sullivan記者、Sharon Bernstein記者、Brad Brooks記者)