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焦点:NAFTAでメキシコとカナダ分断、トランプ戦略の裏側
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9月25日、北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉において、トランプ大統領はどのようにして交渉相手国であるカナダとメキシコの分断を図ったのだろうか。写真はカナダのフリーランド外相。ワシントンのカナダ大使館で8月撮影(2018年 ロイター/Chris Wattie)
Dave Graham
[メキシコシティ 25日 ロイター] - メキシコ大統領選に勝利した翌日、アンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏は、トランプ米大統領から祝福の電話を受けた。だがトランプ氏が念頭に置いていたのは、お祝いよりもさらに重要な用件だった。
それは「メキシコの新大統領は、2国間貿易協定を考慮してくれるだろうか」という問いかけだ。
ロペスオブラドール氏は、7月2日に受けたこの電話に対して、カナダを含む3カ国間の貿易協定が存在しなければ、2国間協定についても「可能性を否定しない」と応じた。この電話会談に耳を傾けていた同陣営の外交政策顧問ヘクトル・バスコンセロス氏がそう明かした。
ロペスオブラドール氏のこの回答が決定的な転機となった。それまで、米国とカナダ、メキシコの3カ国は年間1兆ドルを超える3カ国間貿易の枠組みを決める北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉に向けて、この1年間、厳しい交渉を重ねていた。
これまで、メキシコとカナダは互いに協力して米国からの経済的・政治的圧力に抵抗してきた。トランプ大統領は、世界最大の経済大国である米国にとってさらに有利な条件を要求し、NAFTAは米国の労働者にとって「災難」だと繰り返し表明していた。
だが、左派の野党候補者ロペスオブラドール氏が大統領選に勝利したことで、トランプ大統領はメキシコとカナダを分断させ、自身の望む1対1での交渉によって合意を得るチャンスを得たのだ。
トランプ大統領は先月、退任するメキシコのペニャニエト大統領に触れ、「あの資本主義者よりは(ロペスオブラドール氏を相手にする方が)うまくやっていけるだろうと考えている」とウェストバージニアで行われた政治集会で支持者に語った。
メキシコの交渉姿勢が変化したのは、対立する現政権と新政権の双方が大統領交代前に米国と交渉したほうが、互いに有利だと認識したためだ。ロイターがNAFTA再交渉をよく知る十数人に取材したところ、そうした変化の裏側が浮かび上がってきた。
オブラドール新政権は、国内問題に注力するため、トランプ大統領との対立回避に熱心だった。新政権で要職に就く3人によれば、次期大統領は外交への熱意が希薄で、現大統領から引き継ぐ複雑な貿易交渉のかじ取りという「頭痛の種」を避けたいと願っている。
「国内政策こそ、最善の外交政策だ」とロペスオブラドール次期大統領は幾度となく公言している。
一方、NAFTA再交渉協議に詳しい関係者によれば、退任するペニャニエト大統領サイドでは、2年にわたる苦労の絶えない交渉から何か目に見える成果を挙げたいと願っていた。
同交渉は任期の3分の1に影を落とし、投資を滞らせ、メキシコの通貨ペソを混乱させた。メキシコでは制度上、大統領の再選を認めていないが、ペニャニエト氏が後継として支持した候補は大差で敗れた。
NAFTA再交渉の大半を通じてペニャニエト政権は、トランプ大統領に有利になるよう仕組まれた同交渉において、カナダとメキシコが手を結べば、もっと影響力を発揮できると考えてきた。
両国経済は米国に強く依存しており、メキシコ輸出の約80%、カナダ輸出の約75%が米国向けだ。これに対して、米国の輸出先としては、メキシコ、カナダ両国を合わせても3分の1強にどとまっている。
しかし、トランプ大統領がロペスオブラドール氏に祝福の電話をしてから2カ月も経たない8月27日、米国とメキシコの交渉は合意に達した。
「メキシコは自力で何とかしなければならなかった」──。メキシコの経済団体である企業家調整評議会(CCE)の国際交渉部門トップで、NAFTA再交渉のメキシコ民間部門代表を務めるモアゼス・カラチ氏はそう語った。
メキシコ当局者によれば、カナダからはすでに、同国も同じ道を選ぶ可能性があるという示唆を受けていたという。昨年初め、カナダのデイビッド・マクノートン駐米大使は、カナダは自国の国益次第で、3国間でも2国間でも交渉に応じると公言していた。
カナダのフリーランド外相のオフィスは、米国とメキシコの合意について、そして同合意がカナダと米国の協議に与える影響について、コメントを拒否している。また米国政府からも回答は得られていない。
<取り残されたカナダ>
米国とメキシコの2国間合意を受けて、カナダ経済界や政界幹部の多くが、米国と独自協定を結ぶよう同国のトルドー首相への圧力を強めている。
カナダ政府にとって重要ないくつかの交渉テーマでメキシコが譲歩したことにより、カナダの交渉力は弱まってしまった。
そうしたテーマの1つが、不公正な貿易慣行に対する保護措置だとカナダ側が想定している、「チャプター19」と呼ばれる加盟国間の紛争解決メカニズムだ。カナダ産木材が不当な補助金を受けていると米国が糾弾したとき、カナダはこれを利用して自国の木材輸出を守った。
また、保護対象となっているカナダの酪農産業を米国企業に開放するよう求める米政権の要請に対しても同国は抵抗している。
カナダ当局者は、交渉においてメキシコが譲歩しすぎたと考えている。カナダの交渉担当者と親しい有力民間セクターの組合指導者はそう漏らす。「メキシコはいくつかの重要分野において降伏したというのが全般的な印象だ」と、カナダの民間労組Uniforのトップ、ジェリー・ディアス氏はロイターに語った。
<交渉期限>
メキシコのペニャニエト現大統領としては、8月末までに合意に達する必要があった。米議会が合意を検証して承認するまでに90日かかるため、それより遅れれば、同大統領が退任する11月30日までに署名できなくなるからだ。
一方、共和党のトランプ大統領は、3国間の協定を望む一部の共和党議員からの抵抗に依然直面しており、11月6日の米中間選挙で共和党が敗北し、下院もしくは上院での過半数を失うリスクもある。
トランプ大統領がメキシコとの合意に漕ぎつけたことは、中間選挙で共和党有利に働くかもしれない。2016年の大統領選挙でトランプ勝利に貢献した州、特に農業が盛んな州では、メキシコとの貿易が途絶すれば打撃を被るはずだからだ、とCCEのカラチ氏は指摘する。
個人的な人脈もスムーズな合意への道を開いた。
メキシコ側で交渉を主導した中には現政権のビデガライ外相が含まれており、彼はトランプ大統領の娘婿であり顧問を務めるジャレド・クシュナー氏と親しい関係にある。2人はトランプ大統領の就任以前に、米金融業界の人脈を通じて顔を合わせている。
協議に詳しい当局者によれば、ロペスオブラドール次期政権で首席交渉官を務めるヘスス・セード氏の参加も、合意に至るプロセスを加速したという。5年ごとに協定見直しが行われない場合にNAFTAを解消する、いわゆる「サンセット条項」を米国が要求したことについて、行き詰まりを打開したのはセード氏だった、とビデガライ外相はメキシコのテレビ番組に明かした。
2国間の対立を抑え、交渉を継続する上で不可欠だったのは、交渉の常連メンバーであるクシュナー氏とビデガライ外相の結びつきだった。メキシコ経営者連盟(COPARMEX)のグスタボ・デオジョス会長はそう指摘する。「近年のメキシコ外相の中で、最もホワイトハウスと話ができたのはビデガライ氏だ」
<貿易での譲歩>
8月末を交渉期限とすることに両国が合意したことで、双方とも、いくつかの大きな成果を手に、交渉のテーブルを離れることになった。
メキシコの交渉担当者は米国側を説得し、特定の季節にメキシコ産農産物の輸入を抑制するという要求を撤回させ、また世界貿易機構(WTO)のルールに基づいて米国が課税する工業製品への関税については、NAFTAによる適用除外とすることを確保した。
一方、米国は、自動車産業でより多くの雇用を維持できる可能性が高まった。メキシコが同セクターの労働者40─45%について、最低1時間16ドルという最低賃金条件を定めることに合意したためだ。これは彼らの大半が現在得ている賃金の5倍に相当する。
ペニャニエト現大統領はこの最低賃金に関する米国の要請を、自国の労働問題に対する保護主義的介入だと抵抗していた。カナダ労組Uniforのディアス代表によれば、ロペスオブラドール氏は、この条件に対してもっと寛容だという。
ロペスオプラドール氏は賃金の改善を望んでおり、メキシコから米国への移民を抑制する手段として、メキシコ経済の発展促進を支援するようトランプ大統領を説得した。
メキシコにとっては、カナダ抜きで交渉を進めることが、合意に至る道を開く上で最も重要な譲歩の1つだった、ということになるかもしれない。
「わが国の国益を守るような合意に向けて前進したいのか、カナダを待つことで、そうした国益そのものをリスクにさらすのか、われわれは決断しなければならなかった」とCCEのカラチ氏。「同じ立場であれば、カナダも同じように動いただろう」
(翻訳:エァクレーレン)