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焦点:福島事故経て原発訴訟に変化の予兆、司法現場には重い課題

2015年02月19日(木)16時24分

 2月19日、新規制基準の下、初の原子力発電所の再稼働については年内には実現するとの見方が支配的だ。写真は福島第1原発、2014年11月代表撮影(2015年 ロイター/Shizuo Kambayashi)

[東京 19日 ロイター] - 新しい規制基準の下、初の原子力発電所の再稼働については、年内には実現するとの見方が支配的だ。しかし、国の審査に合格しても、裁判所が地元住民による稼働差し止めの仮処分請求を認めた場合、当分の間は原子炉を動かすことができなくなる。

3年11カ月前に起きた東京電力<9501.T>福島第1原発事故の災禍が続く中、日本の司法はどのような判断に動くのか。

注目されるのは、今春に予想される九州電力<9508.T>川内1・2号(鹿児島県)と関西電力<9503.T>高浜3・4号(福井県)の計4基に対する仮処分の可否だ。福島事故が発生する前は、司法判断が住民側の訴えをほとんど退けてきた。   

いずれの原発も、2013年7月に始まった原子力規制委員会の新規制基準適合性審査に合格しており、年内再稼働が既定路線と報じるメディアも少なくない。しかし、いま、推進側の一部から楽観論を戒める声が出始めている。

電力業界に詳しいある関係者は、ロイターの取材に応じ、「高浜3・4号再稼働差し止め仮処分申請で、関電が負ける可能性は相当にある」と予想するとともに、「川内原発1・2号差し止め仮処分決定の確率は五分五分。負けた場合、九電はふたけた%台の再値上げ申請に踏み切るだろう」との見通しを明らかにした。

<意気込む反対派、訴訟は有利との読み>

川内1・2号に関しては昨年5月鹿児島地裁に、高浜3・4号については昨年12月福井地裁に、それぞれ地元住民らが再稼働差し止めを求める仮処分を申し立てた。原発稼働差し止めのような重要訴訟の審理は合議で行うが、福井地裁の仮処分を担当する裁判長は、昨年5月、大飯原発運転差し止めの判決を出した樋口英明氏が務めている。

仮処分でいったん差し止め決定が出ると直ちに効力が発生するため、再稼働はできなくなる。仮処分は高裁判断で確定するが、確定した判断を電力会社側が覆すには、本訴訟に持ち込んで逆転判決を勝ちとるしか方法はない。仮にそれができたとしても、再稼働がさらに遅れるという事態が待ち受けている。

原発再稼働に反対する地元住民側は、国による合格判定への対抗手段として、仮処分申請にはさらに力を入れる構えだ。「脱原発弁護団全国連絡会」の共同代表を務める海渡雄一弁護士は、ロイターの取材に対し、「原子力規制委員会が審査合格の判断を示すごとに、全ての原発立地点で仮処分を申し立てて、司法の判断を迫っていく」と意気込む。

その背景には、福島事故以前は抽象的だった過酷事故の可能性が、3.11以降は具体的な対象として捉えられるようになったという点がある。裁判官にとっては「自分の判断が、次の原発事故を防ぐかどうかの決定的な判断になる」(海渡氏)という状況になり、再稼働容認には慎重になりかねない。反対派には、裁判を有利に進められるようになったとの読みがある。

九電は仮処分申し立てについて、「今後とも当社の主張を十分尽くし、原子力発電の安全性等について理解いただけるよう努力していく」(広報担当者)とコメントした。関電も「安全性が確保されていることを裁判所に理解いただけるよう主張・立証し、仮処分申し立てを却下していただくよう求めていく」(同)としている。    

<リスク意識鈍い電力業界、訴訟急増の可能性も>

推進側のある論客は、訴訟リスクへの反応が鈍い電力業界に対し苦言を呈する。日本経団連のシンクタンク「21世紀政策研究所」の澤昭裕・研究主幹は、今後の訴訟で「(福井地裁がかつて本訴で示した判断と同様の)仮処分決定を出す可能性は大いに有り得ると思う」とロイターに語った。

通商産業省(現経済産業省)出身の澤氏は、国内各地で起きている原発訴訟について、「濫訴になる可能性がある」と指摘。反対派の動きを抑えるためには、「(訴訟により相手に生じる損害などを担保する)供託金などについて、訴状を出す際の条件をきっちりとしておかないとだめだ」と、一定の歯止めが必要との見方を示す。

澤氏は、以前から電力会社の経営トップに「(住民が敗訴した)伊方の判決があったという程度の知識で高を括っていると、大変なことになる」と状況の変化を警告。最近は、電力業界側も「仮処分で再稼働ができなくなるリスクは感じている」(大手関係者)と危機感を漏らすようになった。

「伊方の判決」では、四国電力<9507.T>伊方1号について国の設置許可の取り消しを求めた訴訟で1992年10月に最高裁が住民請求を棄却する判決を出した。この最高裁判決は原発訴訟において国の裁量を広く認めた判断を示したとされ、その後の原発訴訟の枠組みを示した判例になっている。   

東日本大震災による東京電力<9501.T>福島第1原発事故は、原子力発電所の安全性に対する厳しい世論を喚起した。しかし、福島事故以前に、原発・原子力施設の運転差し止めや建設中止、国の設置許可無効を求めて地元住民らが起こした約20件の訴訟のうち、最終的に原告側の訴えが認められて確定した前例はなかった。地裁と高裁で住民側の訴えが認められた判決は、1件ずつにとどまっている。

<原発訴訟、最高裁が誘導した過去>

元裁判官の瀬木比呂志・明治大学法科大学院教授は、住民側が負け続けてきた過去の原発訴訟の背景に、最高裁の誘導があったと指摘する。今年1月に出版した著書『ニッポンの裁判』(講談社現代新書)で、瀬木教授は「最高裁判所事務総局は、原発訴訟について、きわめて露骨な却下、棄却誘導工作を行っていた」と批判する。

同書によると、誘導の舞台となったのが、原発商業利用の初期だった1976年10月と、本格的な拡大期だった1988年10月にそれぞれ行われた裁判官協議会だ。ここでの協議会とは、最高裁で行われた裁判官による内部議論のこと。最高裁に請求して得た関連資料からは、瀬木氏の指摘通りの議論があったことが読み取れる。

88年10月の協議会では、高度な専門知識が求められる原発訴訟における司法の役割について、「行政庁の判断を、裁判所として一応尊重して審査に当たる態度をとるべき」との意見が記載されている。

瀬木氏はロイターの取材に対し「一般に日本の裁判所は、行政や立法に関するきちんとしたチェックをしていない。非常に及び腰であることは間違いない」と述べた。

一方、最高裁関係者は「最高裁事務総局が現場の裁判に対してどちらに持っていくべきだと考えていることは一切ない」とロイターに説明した。

<3.11は司法を変えたのか>

東電・福島第一原発の事故以前には、原告が勝訴した原発訴訟は2件しかなかった。そのうちの1件である06年3月に金沢地裁が出した判決で、井戸謙一裁判長(当時)は、営業運転を始めたばかりの北陸電力<9505.T>志賀2号について、地震想定の甘さなどを問題視して住民側の訴えを認めた。高裁で原告逆転敗訴となり、10年10月に最高裁で確定した。

工学や地学などの高度な専門知識が求められる原発の安全性を、素人である裁判官がどのように理解して判断するのか。4年前に弁護士に転じた井戸氏は、滋賀県彦根市の事務所で行ったロイターとのインタビューで、「それなりの知識は、審理の中で身に着けつけることはできる」と話した上で、次のように強調した。

「科学者は、過酷事故が1万年に1度などと言えるかもしれないが、リスクがどの程度であれば社会が受け入れるかという問題には、答えを出せない。リスクを受け入れるか入れないかは、いまの日本では裁判官が社会通念を測って判断するしかない」

志賀原発訴訟において裁判所当局からの圧力については「まったくなかった」(井戸氏)という。

福島事故は、原発に対する社会通念を根底から覆した。噴出必至の原発訴訟に、司法がどう向き合うのか。最高裁では司法研修所が12年1月と13年2月、裁判官を集めて原発問題を研究会を開いた。参加者はいずれも30人程度だったという。

ロイターが入手した13年2月の議論に関する資料には、「ゼロにできない事故リスクをどこまでの確率なら許容するのかというのは、政策的決断の問題で、裁判所の判断になじまない」との裁判官の発言が載っている。

既に同資料を読んでいた井戸弁護士はこの発言について「統治行為論的な発想だ」と指摘した。統治行為とは「統治の基本にかかわる高度に政治的な行為で、裁判所の審査権が例外的に及ばないとされる行為」(広辞苑)のことを指す。伊方最高裁判決を踏襲すべきとの意見も取り上げられている。

井戸弁護士は、「研究会にはたくさんの裁判官が発言しているはずだが、(主催の)司法研修所が現場の裁判官に伝えたい意見をピックアップして資料を作っている」と指摘する。

この資料から最高裁の意思をどう読むか。井戸氏は「3.11直後は原発訴訟のあり方について考え直さないといけないとの意識はあったと思うが、いまとなっては従来通り一歩控えるスタンスでいいのだと、最高裁自身はおそらく腹を決めていると思う」と述べた。

(浜田健太郎 斎藤真理 編集:北松克朗)

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