コラム

日本人が必ずしも「核廃絶賛成」ではない理由

2009年04月20日(月)07時29分

 日米同盟を取り仕切る米政府関係者の間で大人気の安倍晋三元首相が今週、ワシントンにやってきた。安倍は、バラク・オバマ大統領が発表した核兵器廃絶案について話し合うためにジョー・バイデン副大統領と会い、オバマ政権の核兵器削減と不拡散への取り組みに協力したいという麻生太郎首相の意向を伝えた。

 とはいえ、日本は見た目ほど核兵器の削減に熱心ではないかもしれない。戦略国際問題研究所太平洋フォーラム所長のラルフ・コッサは最近、次のように論じている。(→www.honoluluadvertiser.com/


 オバマ大統領は今、核廃絶へ向けて大きな一歩を踏み出す用意ができたようだ。ロシアと、戦略兵器削減条約(START1)に代わる核削減条約の「条件や期限」について交渉を始めることで合意したのだ。

 だからといって、日本人が喜んでいると思うのは早計だ。多くの日本人が、世界の二大核兵器保有国である米ロ両国の思い切った削減を望んでいるのはまちがいない。だが一方では、米ロそれぞれが戦略核弾頭の数を1000個以下に減らす提案もあることに対し、「削減し過ぎ、急ぎ過ぎ」と懸念する声も強い。

 もし核兵器を保有しているのがアメリカとロシアだけなら、両国の核弾頭を大幅に削減することには大きな意義があるだろう。だが、核拡散防止条約(NPT)が認めている保有国だけでも他に中国、フランス、イギリスがある。フランスとイギリスの核が心配で夜も眠れない、という日本人はまずいないだろうが、中国の核軍拡と、アメリカの大幅な核兵器削減が中国や北朝鮮に対する拡大抑止(核の傘)に与える影響は常に心配の種だ。


 コッサの議論を裏付けるように、中川昭一前財務相が、核兵器についてまた別の主張を行っている。4月5日に北朝鮮がミサイル発射実験を行ってから、中川をはじめとする保守派の政治家は、北朝鮮の核武装に対する唯一の対抗策は日本も核武装をすることだと強調してきた。中川に言わせればこれは「常識」で、憲法違反にもならないという。核の傘は破れているどころではなく、存在すらしないらしい。

 おそらく中川は、日本が核兵器を手にすれば日米同盟に致命的な影響を与えないかねないことを知りながら、核武装を主張し続けている。それなのに小沢一郎の「対等な日米同盟」論ほども問題になっていないのはどういうわけだろう。日本が核武装して安全保障面での独立を手に入れれば、日米同盟そのものが必要なくなってしまうというのに。

 中川は醜態をさらしてクビになった元閣僚に過ぎないかもしれないが、日本で核武装を主張しているのは彼だけではない。そして、こうした主張を繰り返し持ち出してくる保守派の核武装への固執ぶりは、一層不安をかきたてるものだ。彼らは長年、自前の核抑止戦略が日本にとって正しい選択であることを証明しようとしてきた。反論もなく野放しにすれば、この主張が次第に説得力をもち始めることになるだろう。

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story