コラム

そういえば私は宗教二世だった

2023年12月13日(水)17時40分

私の母が、A教団に入信するきっかけは、不治の病の罹患であった。私が小学生低学年の時、母は突然の血便を催してそれが継続された。程度は重度であった。母は当時40代前半という若さであったが、当然のこと、すわがんを疑って前途不覚に陥った。その直感はもっともである。血便の一回、二回なら百歩譲って痔の可能性もあるからともかく、何週間・何カ月も続くそれは、家庭の医学程度の知識しかない一般の非医療従事者であっても、それを雄弁に予期させよう。

精密検査をすると、母の症状はがんではなった。奇しくも安倍元総理が青年時代にり患した難病指定である潰瘍性大腸炎こそが、血便の原因であった。この病気の詳細については、専門家の見解などを参照されたい。
潰瘍性大腸炎の患者には厳格な食事制限が課せられる。基本的には常食はおかゆ、スープ等である。つまり流動食みたいなものがほとんどになる。いまでこそ流動食にはかなりの食感的進化がみられるが、母がこの病気にり患した当時は1990年代である。流動食はまずく、種類も少なく、すぐ飽きが来る味付けで、この領域に関する患者のQOL(クオリティー・オブ・ライフ)は、まるで後進的な状況であった。


病気治癒も教義の中に

私の母はこの段階で、「食べることの喜び」つまり、衣食住の「食」を奪われた状態に置かれ、治療が始まっていた。具体的には、油分の多い肉類などもってのほかであった。ほかにも、できるだけ油分の低減が求められた。なぜ私がこんなことを知っているかといえば、母が病院からもらってきた食事指導の実例集パンフレットを、冷蔵庫に磁石で張りつけて、常に家族に周知できるようにしていたからである。

はてさて1990年代後半にこの病気を患った母は、当然困惑した。私の母は私の実家のある北海道札幌市で、最高の医療を提供すると思われる大学病院で治療を受けたが、精神的なケアは不十分であった。現在の内科では、患者の治療に際して心のケア、すなわちメンタルケアをも並行して進める場合が多いが、なにせ当時の医学環境では、私の母の精神的不安は放置されたままでった。

だから母は、A教団に入った。
 
すぐに死に至ることはないものの、慢性的に、しかも完治困難な難病にり患するにあたって、精神が徐々に蝕まれたのである。母は現世利益的な、病気治癒をも教義の中に包摂するこのA教団に飛びついたのである。私が少年時代、A教団の地元支部に行くと、壁際に「信仰によってがんや、持病の慢性病が治った」というような「信者の声」というのが至るところに貼られていた。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story