コラム

世界が瓦解する音が聞こえる──ウクライナ侵攻の恐怖

2022年02月25日(金)15時29分

ポリティカルコレクトネスを度外視してこのゲームが世界中で愛されているのは、ゲームの歴史的再現度の緻密さや完成度もさることながら、「この手の古典的侵略戦争はもう起こらない」というある種の安心感があったからだ。しかしこのゲームの実況動画は、昨日を境に殆ど投稿(YouTubeへの公開など)がなされなくなった。ゲームの世界の古典的侵略が現実のものとなり、もはやその再現が笑えなくなったからだ。

9.11以降、或いはそのもっと以前から、現代戦とは古典的な地上からの侵略ではなく、サイバー戦・電子戦、無人機(ドローン)攻撃、そこに場合によっては宇宙も絡んだ複雑高度な多種多様の情報戦をも含んだものであると教科書的には規定されてきた。いかにも陸上国境を侵犯して正規軍同士が衝突する事態がなくなったわけではないが、それはある種の権威主義的な小国同士の紛争であって、一般的には戦争の次元は変化したのである、という理解があったことは間違いないだろう。

起こるはずのない戦争だった

もちろん今次のウクライナ侵略にも情報戦や電子戦は行われているが、G8から除名されたとはいえ、仮にも国連常任理事国が20万もの大軍を越境させて多方面から一斉に侵略するという、そんなことをする訳がないし、実際にそうするのではないかという「そぶり」を見せたとしても、それは実際には実行しえないのだ──という、どこか弛緩した安心感というのがあった。

だから2022年に入り、「2月16日にもロシア軍がウクライナを攻撃する可能性濃厚」といったバイデン大統領の発言があっても、実際にはその期日を過ぎてもロシア軍が越境しなかったのだから、それは「あまりにも大げさだ」とか「寧ろ米英の対ロ煽動ではないか」という声が聞こえてきた。

2022年2月24日の午前(日本時間)まで、そういった声は底流では根強かったのではないか。2022年に入って、ロシア軍が仮にだが越境してもそれは東部2州程度までで、首都キエフや第二都市ハリコフへ軍を進めるとは考えにくい──ウクライナに駐在経験がある専門家も、一部の国際関係専門家もそういう人が少なくなかった。

クリミア併合以降、対ロ制裁の影響でロシア経済の成長率は鈍化しており、そんなこと──古典的大侵略戦争──が起これば、プーチンもただでは済むまい。如何に彼とて、ジョージア(グルジア)とは全然相手の規模が違うのである。よもやそんな損得計算ができない訳ではあるまい。彼ら専門家や事情通の認識が甘かったというよりも、そんな第二次大戦のような戦争の仕方を、私たちは殆ど等しく、「過去のもの」と忘却して、「もう起こらない」或いは「起こるはずがない」と決めつけてきた。あれだけの大戦争で何千万人が死んだのだから、人類は進歩し、反省し、学習したのである。だからプーチンにもそういった最低限の道徳めいたものがあるに違いない(仮にいかなるプーチン側の思想があるにせよ)、と勝手に思い込んでいた。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過去最高水準に
  • 4
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 7
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 8
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 10
    ビーチを楽しむ観光客のもとにサメの大群...ショッキ…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story