コラム

『仮面ライダー BLACK SUN』──「非暴力という欺瞞」を暴く問題作

2022年11月13日(日)18時00分

そうはいっても、『仮面ライダー BLACK SUN』のラストが少年兵の育成であるのは(少年兵なのは意図的な描写だろう)、視聴者にグロテスクな印象を抱かせる。また、抑圧的な暴力と解放のための暴力の差は紙一重なものでしかない。『BLACK SUN』のラストでも、首相が主張する戦争ための暴力のロジックと、葵が主張する解放のためのロジックは意図的に似通ったものにされている。

反差別闘争に突き付けられた課題

『BLACK SUN』の物語では結局、「人間も怪人も命の重さは地球以上。1グラムだって違いはない」というヒューマニズムは、非暴力の側とは結びつきえなかった。井垣や堂波のようなダーティーワークを担っている抑圧者がいることを知っていて、「つやつやした顔」をしながら、その隣で融和を唱えることは欺瞞になるだろう。葵にとっては、本当のヒューマニズムは、構造的な差別から解放されるための暴力の中にしか見出しえなかったのだ。

『地に呪われたる者』の序文で、フランスの哲学者サルトルは次のように書いている。「今やヒューマニズムは素っ裸だ。おまけにちっとも美しくない。それは欺購のイデオロギー、まことに見事な強奪の正当化に他ならなかった。(中略)もし暴力が今夜初めて開始されたもので、かつて地上には搾取も圧制も存在しなかったというのならば、あるいは非暴力の看板をかかげて紛争を鎮めることができるかもしれない。ところがもし体制全体が、そして君たちの非暴力思想までが、一千年にわたる圧制によって規定されているならば、受身の態度は君らを圧迫者の側につけるだけなのである」

差別は構造的な暴力として存在している。井垣や堂波は差別構造の鉄砲玉にすぎない。彼らがいなくなっても差別は続く。井垣率いるヘイターは怪人をリンチして殺す。しかしこの作品の射程は、それに見て見ぬふりをする一般市民や、取り締まりをするどころか逆にカウンター側の怪人に暴力を振るう警察の責任も問うている。だから葵は画面の向こうから、行動することを強く呼びかける。

この作品では、葵の闘争の結末までは描かれていない。暴力闘争は反差別運動を解決に導くためのサタンサーベルであるとはこの物語は主張していない。

『BLACK SUN』の結末を受け入れらない者は、構造的な暴力を放置することの欺瞞に気づかなければならない。暴力行使の責任を当事者に押し付けず、「人間も怪人も命の重さは地球以上。1グラムだって違いはない」という言葉を、非暴力的なヒューマニズムの側に取り戻すためには何をすべきかを真剣に考えるということだ。それが葵の突き付けたメッセージに応えることなのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アマゾンのクラウド部門売上高、AI追い風に6000

ワールド

仏、敵対行為中は不参加 ホルムズ海峡護衛任務=大統

ワールド

イラン南部ブシェール原発付近に飛翔体着弾、被害なし

ビジネス

米国株式市場=続伸、旅行関連銘柄が高い FOMCに
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    住宅建設予定地に眠っていた「大量の埋蔵金」...現在の価値でどれくらい? 誰が何のために埋めた?
  • 3
    「ネタニヤフの指が6本」はなぜ死亡説につながったのか?
  • 4
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 5
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 6
    「危険な距離まで...」豪ヘリに中国海軍ヘリが異常接…
  • 7
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 8
    「目のやり場に困る...」グウィネス・パルトロウの「…
  • 9
    ガソリン価格はどこまで上がるのか? 専門家が語る…
  • 10
    戦争反対から一変...湾岸諸国が望む「イランの脅威」…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 3
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 6
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 7
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 8
    住宅建設予定地に眠っていた「大量の埋蔵金」...現在…
  • 9
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 10
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story