コラム

『仮面ライダー BLACK SUN』──「非暴力という欺瞞」を暴く問題作

2022年11月13日(日)18時00分

日本では1970年、いわゆる華青闘告発が起こる。東大安田講堂事件の翌年だ。華青闘告発とは、華僑青年闘争委員会という華人団体が、日本の左翼運動は民族差別問題を軽視しているとして、日本のあらゆる新左翼党派を糾弾した事件で、新左翼運動が(告発への反発を含めて)反差別運動への関心を高めるメルクマールとなった。

人間と怪人の活動家が連帯して反差別闘争を行う黎明期ゴルゴムの「起源」はこのような現実の反差別の歴史とリンクする。しかしこの50年前のゴルゴムが反差別闘争としては敗北に終わったように、反差別の歴史とはまた敗北の歴史でもある。たとえば黒人差別問題を考えてみよう。南北戦争、公民権運動、オバマ、BLM......、黒人たちは多くのものを獲得してきたが、それ以上に多くの敗北を喫してきた。そしてまだ勝利するために戦い続けている。従って、反差別闘争にはゆかりが述べるように「永遠に戦う」覚悟が必要となる。

そして、この敗北の歴史を背負うのが、主人公である南光太郎なのだ。光太郎は敗北の歴史を背負い、創世王を受け継ぎ、さらに光太郎の想いを受け継いだ本作のヒロインである和泉葵に殺害されることによって、怪人の未来をつくりだす。創世王は隷属された怪人の象徴であった。光太郎はその創世王の呪われた生を引き受け、犠牲となることで自由のための礎となる。

解放されるための「暴力」

この作品が視聴者につきつけている大きな課題は、怪人たちが差別と闘うために物理的な暴力を選択することをはっきり描いてしまっていることだ。『仮面ライダー BLACK SUN』は、抑圧された者が抑圧された者を赦し、抑圧者が改心し和解に向かうという、よくある展開にはならず、虐げられた者と虐げる者の敵対性を明確化する。

アルジェリア独立運動に大きな影響を与えた思想家フランツ・ファノンは著書『地に呪われたる者』の中で次のように述べている。「身に引き受けた暴力は、集団を離れてさ迷う者、集団から追放された者たちに、復帰し、己れの場所を再び見出し、再びそこに統合されることを許すのである。かくて暴力は王のごとき完璧な調停者として理解される。原住民は暴力を通じて、暴力によって自己を解放する。この実践が行為者に真理を照らし出す」

ファノンは単なる復讐や憎悪による暴力には否定的で、そのような暴力に動機づけられた政治運動は失敗に終わるとも書いている。にもかかわらず、精神科医でもあったファノンが抵抗のための暴力を肯定するのは、抑圧者が長年受け続けてきた暴力を治療できるのは暴力をもってしかないと考えるからなのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story