コラム

ドイツの新連立政権にあって日本にないのは国民生活へのリスペクト

2021年11月27日(土)20時10分

とはいえ、ショルツは特別州ハンブルク市の第一市長(他の州では州首相職に相当)という首長職経験者だ。また前任者のアンゲラ・メルケルも、首相就任当初は特にカリスマ性があるとは評価されておらず、どちらかといえば軽い御輿のように扱われていた。連立政権のまとめ役として経験を積んでいく中で、ショルツも化ける可能性はあるだろう。

共通項を探り、議論を積み重ねることで連立政権は可能

今回、中道左派のSPDと連立を組んだ2党は、政策の面で大きな違いがあるが、一方で似ている部分もある。それは、他の世代と比べて若者の得票率が高いということだ。SPDとCDU/CSUは、それぞれ年齢層が高くなるにつれて得票率も高くなる。AfDは40代から50代周辺の層が最も得票率が高い。それに比べて、緑の党とFDPの得票率が最も高くなるのは、若者世代なのだ。

若者がネオリベに惹かれるのは日本と共通している一方で、若い世代が気候変動をリアルな問題として考え、「支え合い」の政治を志向する機序もドイツにはある。気候変動の問題は社会全体に共有されている。少なくとも「温暖化には良いこともある」という失言をした人物を幹部に持つ政党が選挙で勝利することはあるまい。

「自己責任」と「支え合い」。経済面での左右が極端に分かれる両党だが、社会政策上はそうでもない。ジェンダー平等を推進し、(難民問題では議論がありつつも)外国人やセクシュアルマイノリティへの差別に反対し、子どもの権利を保護する。こうした内容は、連立政権の合意書にも盛り込まれている。

党の根本政策が異なっても、自由や個人主義、民主主義といった理念への敬意を定礎に置いて議論を積み重ねれば、次の4年間の政権を運営するための合意書をつくることは可能なのだ。

イデオロギーではなく現実に即した議論を

翻って、日本の総選挙について考える。立憲民主党と共産党の政策は、とりあえず次の4年間に行うべき政策としては、ほとんど違いがなかった。連立政権を組むとしても、その協議は今回のドイツよりも簡単に進んだことだろう。にも拘らず、立憲民主党の党内や世論は、共産党と組むことそのものを問題とした。現在行われている立憲民主党の代表選でも、共産党との共闘の是非が焦点となっている。

政策面で次の4年間を一緒にやっていく現実的見通しがあるのに、特定の政党だから組めないというのは(AfDのような一部ネオナチの流れも汲む排外主義政党だから組めないというのは別として)、成熟した政治の議論とはいえない。それは単なる情の政治、イデオロギーの政治だ。連立政権は妥協の産物なのだから、政党間で全ての理念を全面的に一致させる必要はないのだ。

ドイツで行われた長期間にわたった連立交渉は、政治的プラグマティズムの賜物だ。もし日本の有権者が政策重視の政治を望むなら市民連合のもとで政策を一致させた立憲民主党と共産党の連携を問題視し、選挙後に給付金のことで揉めている自民党と公明党の連携は問題視しないというような、幼稚な政治観は改める必要があるだろう。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英警視庁、「犯罪に当たらぬ憎悪」捜査せず 文化論争

ワールド

ホワイトハウス宴会場建設開始、トランプ氏「かつてな

ビジネス

インドネシア中銀、インフレ率維持なら追加利下げ必要

ワールド

原油先物が下落、供給過剰懸念
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 7
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 10
    若者は「プーチンの死」を願う?...「白鳥よ踊れ」ロ…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 7
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story