コラム

朝鮮半島「有事」はヤラセ?

2010年06月04日(金)16時45分

 この1週間、国際ニュースのトップ記事はイスラエルによるガザ支援船襲撃についてのものばかりだった。こうなると、先週持ち上がったもう1つの深刻な国際危機がまだ解決していないことを忘れそうになる。

 朝鮮半島では先週、3月に起きた韓国海軍哨戒艦「天安」への魚雷攻撃をめぐって緊張が高まった。国際的な一大事かと思えたが、事態は自然に沈静化したようだ。一連の騒ぎは国際ニュースで大きく扱われることはほとんどなく、韓国のコリア・タイムズ紙は李明博(イ・ミョンバク)大統領も発言を和らげていると報じた。


「国家安全保障というと、対立や対決といった言葉を思い浮かべがちだ。私は今こそ、国民を統一問題へと導くような安全保障戦略を立てる時だと考える」と、李は語った。

 朝鮮半島で緊張が高まるさなかに、李は対決ではなく統一に重きを置いた。韓国政府はこれまで、国連安全保障理事会を通し北朝鮮への報復を求める姿勢を取ってきた。だが6月2日にはその対応措置として、強い法的拘束力のある「制裁決議案」ではなく、拘束力のない「一般決議案」を求める方向に焦点を移した。

 この方針が発表された前日には韓国統一省が、にんにくや衣服など4種類の製品に限って北朝鮮から韓国への船舶輸送を許可するとして、制裁措置を緩和した。


■嵐が過ぎれば「いつものこと」に思えてくる

 さらに韓国は、北朝鮮に向けて体制を批判するラジオ放送を流したり、ビラを撒くといったプロパガンダ活動を拡大する計画を延期。北朝鮮南部で行っている南北共同プロジェクト、開城工業団地事業が全面的に中断されるとの報道もあったが、事業は現在も継続中だ。

 北朝鮮政府の態度がいつものように好戦的なのは間違いない。だが米情報機関当局者は、朝鮮人民軍が普段と変わった動きを見せている形跡はないと語る。

 重要なのは、今回の危機を引き起こしたのが3月26日の韓国海軍哨戒艦「天安」沈没事件ではないこと。発端は5月20日、韓国が「沈没の原因は北朝鮮の魚雷攻撃」とする調査報告を発表したことだ。)6月2日の韓国統一地方選では、李率いる与党・ハンナラ党が「天安効果」もあって圧倒的優位に立つと見られていた。実際は同党の敗北で終わったが、選挙と危機発生のタイミングをいぶかしく思っても不思議ではないだろう。

 もちろん、哨戒艦沈没が仕組まれたものだったと言うつもりはまったくない。事件に北朝鮮が関与したという証拠には説得力がある。だが、南北両政府が事件の恩恵を受けようとしたかに見えるのも確かだ。李の親米保守政党はこれを政治的追い風にしようとし、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記は深刻な結果を招くことなく韓国船舶を沈没させられると証明した。

 緊迫感が消え去るにつれ、朝鮮半島で散発するもめ事はやはり日常茶飯事なのだと思えてくる。こうした事件は一定の緊張状態を保てるくらいの頻度で発生するが、大規模衝突に発展するほど深刻にはならない。健全なやり方ではないかもしれないが、この2国にとってはいつものことなのだろう。


──ジョシュア・キーティング

[米国東部時間2010年06月02日(水)13時59分更新]

Reprinted with permission from FP Passport, 2/6/2010. ©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story