コラム
東京に住む外国人によるリレーコラムTOKYO EYE
東京の夜にあふれる「別れの儀式」
今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ
Parting is Such Sweet Sorrow
お気に入りのジャズクラブを出て夜遅くに新宿駅に着くと、必ずといっていいほど東京で最も難解とも思える「迷路」に迷い込んでしまう。人の流れに乗って移動するラッシュの時間帯とは打って変わり、人々の群れをぬうようにジグザグに進まなければならない。何しろここでは、東京人の最も複雑な習慣の1つ「別れの儀式」が行われているのだから。
「別れの儀式」は忘年会や花見と同じぐらい東京の基本的な行事だが、毎日行われているのが特色だ。夜21時~24時の間はいわば「別れの時間」。かつてのクラスメートたちや古い友人、結婚式の参列者など、ありとあらゆる関係でつながった人々が、東京の駅の改札口の外で立ち話に興じている。
みんな忙しいし住んでいる場所も離れているから、集まれるのは特別な夜だけ。特別な夜が終われば、それぞれがいつもの仕事や生活へと戻っていく。どんな集まりでも、別れの時間こそ最も重要な部分なのかもしれない。
土地が狭い東京だが別れの儀式のための空間を確保することは、電車をきちんと運行させるのと同じくらい重要なことらしい。カップルは隅の方で、もっと大人数のグループは動きのない盆踊りのように集団で輪を作っている。
■2次会の後も延々と続く「最終会」
厳密に言えば、儀式はレストランや居酒屋にいる時から始まっている。駅での場面が目立つ、というだけのことだ。駅では儀式の参加者全員がゆっくりと歩み寄り、向かい合って思いにふける。そして最後はお辞儀か「バイバイ」をして終わり。何度2次会をしても、締めくくりには必ずこの「最終会」がある。「最終会」は終電まで、または翌朝早い人が渋々「ではそろそろ......」と言い出すまで続く。
『ロミオとジュリエット』ではジュリエットが去りゆくロミオにこう言う。「別れはこんなにも甘く悲しいものなの」。相反するものが混在する東京にこの複雑な感情はぴったりだ。だからこそ東京の別れの儀式は、あんなにも長々しいものになる。一緒にいる時の甘く楽しい時間は、悲しい別れの序章に過ぎない。日本のほぼすべての映画やドラマと同じように、東京の日々のドラマは別れのシーンでクライマックスを迎える。
その他の儀式と同じように、別れの儀式は内なる感情を表すもの。普段は誰もが忙しくてよそよそしい東京において、「寂しい」という本心が率直に表現される数少ない場面でもある。友人たちと輪になっているときばかりは、照れることなく正直な気持ちを、口ごもりながらも言うことができるのだ。こうした別れの儀式での未練たっぷりのおしゃべりが、多くの結婚のきっかけになったに違いない。
さらに驚くべきことに(そして大いに歓迎すべきことに)、別れの儀式では「公の場で相手の体に触れる」という、日本における最大のタブーの1つを破ることができる。東京人たちが互いに自由に相手に触れる、珍しい瞬間だ。それが肩を寄せ合ったり、腕に手を置く程度のことであったりしても。初めて東京に来たとき、若い男性の一団が歌舞伎町の真ん中で泣きながら抱き合っている光景にぎょっとした。1分ほど眺めた後、それが卒業生を送り出す運動部の送別会だと分かった。
■ハチ公前で途方に暮れたガイジン
別れの儀式は1年中行われてはいるが、3月は真の意味での別れの季節だ。ある3月の卒業式の後、ゼミの生徒たちと私は、ハチ公前で別れを惜しんでいた。女子学生の1人が泣き始め、その後、ほぼ全員が泣きながら互いの肩にもたれかかった。私は妙な気分だった。ただ1人のガイジンである私がみんなを慰め、人生は始まったばかりじゃないかと説いていたのだから。道ゆく人々はこの光景をどう見ていたのだろう? いや、すぐにすぐ分かったに違いない。英語を学ぶ学生たちの別れの儀式だと。
3月は暖かい風と花粉症、そして幾つもの別れの儀式を運んでくる。人々の心が引き離され、別々の電車に乗せられて各自の新たな生活へと送り出されていくのが手にとるように分かる。
東京人は記念写真を撮る行為と同じくらい、別れの儀式を重んじている。友達と輪になってさよならを言い合った思い出は、形には残らないが、一人ひとりの心に刻まれるだろう。
4月になれば出会いの儀式を経て、新しい付き合いが始まり、新しい仲間との夜がある。そしてまた、「別れの儀式」を繰り返す。
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