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コラム
瀧口範子@シリコンバレーJournal
映画ストリーミングの多難な前途
米ネットフリックスが視聴料金を60%も値上げして、ユーザーからの総スカンを喰っている。
日本での知名度はあまりないかもしれないが、ネットフリックスは、今やアメリカの家庭になくてはならないサービスである。DVDの宅配サービスでスタートし、その後数年前から映画やテレビ番組をストリーミングし始めた。全米で2300万人のユーザーを抱え、子供のいる家庭から独身者まで、今やまわりでネットフリックスの利用者でない人を探すことの方が難しいくらいだ。
ネットフリックスの魅力は、何と言ってもその利用料金の安さ。いちばん高額の視聴契約だとDVDも借り放題、ストリーミングも見放題で、それが1ヶ月たったの10ドルだ。新作の映画を見に行くと、それだけで20ドル近くかかってしまうのに、朝から晩まで1ヶ月見続けてもその半額なのだから、信じられないくらいの安さなのである。ネットフリックスのおかげで、レンタル・ビデオ屋はもとより、映画館の存在も危うくなったとされるのもよくわかるところだ。
さて、今回の値上げ騒ぎを見ていると、いろいろなこと考えさせられる。
ひとつは、格安サービスが、どれだけユーザーをヒステリックな存在にしてしまうかだ。この値上げでは、先に挙げた視聴契約が、月額10ドルから16ドルになった。また、それとは別の、1回毎に1枚ずつDVDを借りるサービスは、1ドル値上げして8ドルへ。以前ならば、これに無料でストリーミングがついていたが、今後は有料で2ドルになる。ちなみにこれは、1ヶ月1枚ではなく、手元に1枚ずつという契約だ。だから、すぐに観てすぐに返送するといった具合に上手に回していけば、1ヶ月あたり10枚以上のDVDを借りることも可能である。さらに、見放題のストリーミングだけの契約ならば、8ドルという設定。
つまり、こうして見てみると、60%の値上げの後でも1作あたりの値段に換算するとかなり安いのだが、それでも利用者の怒りは納まらず、半分ほどの利用者がサービスを解約しようとしているらしい。食事をして映画に行けば、それだけで50ドルはするだろう。あるいは、展覧会に行けば20ドルは超える。だが、ことネットフリックスに関しては、同じ娯楽でも1セント単位で感知しているかのような状況なのである。
同じような例は、アマゾンが電子書籍の価格をやむなく3ドルほど値上げした時にも見られた。通常のハードカバーなら25ドル以上もする書籍を、電子版なら半額以下の10ドル以下で提供していたのだが、これに慣れたユーザーの怒りはかなりのものだった。
もうひとつ気になったのは、これからのインターネット・ビジネスの主流となるビデオ・ストリーミングの遅い離陸だ。
ネットフリックスが値上げに踏み切った理由は、ハリウッドの映画会社からの圧力も一部あったとも噂されるが、最大の理由は単に値上げが可能だったからである。すなわち、この映画レンタル市場で寡占状態にあるネットフリックスが、その支配力を行使したわけだ。だが、同時に十分な数の利用者がDVDからストリーミングに移行せず、コストがかさんだことも背景にあるという。DVDの郵送には金がかかるが、ストリーミングはかからない。利用者をストリーミングにうまく移行させてこそ、儲けが大きく出るビジネス・モデルだったのだが、そのタイミングを計り損ねたのだ。
ここでわかるのは、たとえ便利で見放題でも、利用者はストリーミングではなく、DVDに固執しているということだ。今でもコンテンツは「モノ」から出てくると思っているふしがある。高速接続があれば、スピードや画像の質の点では、ほぼ何も問題ないストリーミングなのだが、まだ人々の慣れ親しんだ慣習の突破口を越えられないでいるのだ。
ストリーミングが飛び立たないもうひとつの原因は、再びハリウッドである。映画会社は、DVDの売り上げを守るために、ストリーミング用にはそうそうたくさんのタイトルは提供しない。限られたセレクションしかないので、利用者を定着させることができないのだ。映画のストリーミング・サービスには、アップルやアマゾンなども参入しているが、どれもパッとしないのはそんな理由だ。
手作りビデオなどの雑多なコンテンツの消費プラットフォームとして大人気のストリーミングだが、映画コンテンツでなかなか成功しない。次世代のビジネスの糧と持ち上げられはするが、実際のところは障害が山積みなのである。
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