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コラム
瀧口範子@シリコンバレーJournal
ジョブズ再療養に凍りつくシリコンバレー
アップルCEO、スティーブ・ジョブズが再びのメディカル・リーブ(療養休暇)に入ったニュースは、やはりアップルのこれからを懸念する議論を引き起こしている。
ジョブズの療養休暇は、2004年以来3回めだ。最初は、膵臓ガンの手術。一時は回復したかに見えたが、その数年後ますます痩せていくジョブズの姿に、人々の疑問が高まった。本人はホルモンのアンバランスで栄養が吸収できないとしていたが、その後2009年に突然療養休暇入りに。
その時は、体調はもっと複雑になっていたと本人が語ったが、後になって実は肝臓移植を受けていたことがわかった。ジョブズが患っていたタイプの膵臓ガンは完全に摘出されなかった場合、肝臓に転移する可能性が高いという。
そして今回の発表だ。否が応にも再発したのかという疑いが持たれるのだがアップル側は、ジョブズが「健康回復に専念する」と社員に送った6センテンスのメール以上に発表することは何もないの一点張り。アメリカのニュースメディアもそろって、ジョブズの病状についてそれ以上の憶測を記事にすることを慎んでいる状態だ。
公開企業としてCEOの健康状態を明らかにするのはルールではないのかという表向きの議論はあるものの、ことジョブズに関しては非常に神妙な空気がメディア界を覆っているようにも見える。もちろん、株価を大きく動かすジョブズの健康状態について、証拠もなくヘタな発言はできないという注意深さもあるだろう。
だが、ガンという病気の深刻さや、ジョブズという存在の大きさ、そしてこれまでアップルがあらゆる場面でとってきた秘密主義などのすべてが作用して、報道メディアを麻痺状態に陥れているようにも見えるのだ。
シリコンバレーの空気も同様である。元気な時には、ジョブズは崇拝と同時に攻撃の対象だが、病気になると人々は何かを怖れたようになる。希有なビジョナリーであり、天才的経営者であるジョブズがもしいなくなるようなことになったら、現在のシリコンバレーの全体が変わらざるを得ないからだ。
考えてみれば、ジョブズはアメリカの大衆に「美しい製品」を浸透させた。アップルを追い出されたジョブズが1996年に再びアップルに戻ってから、iMac、iPod、iPhone、マックブックエア、iPadと次々と美しい製品を世に出してきた。もちろんジョブズは創設時から製品の審美的な価値に気を使ってきたが、1996年以降のジョブズの違いはそれを「売れる製品」としてもプロデュースできたことだ。
■安物買いのアメリカ人を美に目覚めさせた
それによって、安物買いのアメリカの大衆は美しい製品に目を開かされたと言っても、決して過言ではないと思う。それまでのアメリカ人の判断基準は、ともかく「プライス」。アメリカ人は1セントでも高いものを買わされると、自分の頭が悪いためにだまされて悔しいという感情を持つ人がほとんどだ。そんな彼らに、プライス以外の価値観を植え付けた貢献はかなり大きい。
その価値観によって、現在のシリコンバレーもかなりの恩恵を受けている。製品の美しさはもとより、ユーザー・インターフェイスの明確さや使いやすさ、インターネットとコンテンツとコンピュータがコネクトする際のスムーズさ、ウェブサイトやブラウザーなどのすっきりした使い勝手、そもそも異なった複数のデバイスがシンクロするといったことまで含めて、これらは、アップルが牽引することによって発展してきた技術革新だ。ただの多機能性や速さだけではない製品のあり方は、純粋にエンジニア志向の世界からは生まれなかっただろう。
もしジョブズがいなくなれば、求心力の不在がシリコンバレー全体に及ぼす影響は決して小さくない。彼ほど多面的な才能を駆使して、このテクノロジー世界を操縦できる人材はそうは簡単に見つからないだろう。
だがその一方で、ジョブズの療養休暇が、アップルがあらかた新製品を出し切り、ちょうど階段の踊り場のような間隙にある時に起こるというタイミングにも不運なものを感じる。つまり、ここまで息を切るようにして画期的な新製品を発表してきたアップルの、この先のロードマップがやや見えにくくなっているからだ。もっと小さいiPad? あるいはもっと薄いマックブックエア? だがそれらは漸進的な改良であって、革命的な製品ではないだろう。しかも、スマートフォンにしてもタブレットにしても、競合他社がちょうどアップルに追いついてきたところだ。
才能と製品とタイミング。スティーブ・ジョブズの療養休暇のニュースに、人々は今、あらゆる角度からテクノロジー世界のあり方に思いを巡らせているはずである。
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