コラム

トラ年にシーア派パワー? 揺れるイラン・イスラーム体制

2010年01月07日(木)11時08分

 謹賀新年。今年は寅年である。

 トラといえば、タイガース。タイガースといえば、阪神タイガースファンはシーア派と良く似ている・・・・。なんていうコラムを、7年前に書いたことがある。
 
 なんのことかさっぱりわからない読者のために、筆者の「阪神ファン=シーア派」説をかいつまんで紹介すると、こうだ。シーア派イスラーム教徒は、救世主信仰が強い。阪神ファンは、かなわぬ優勝を夢見続ける。シーア派は、長年抑圧されていた歴史から被害者意識が強い。阪神ファンは、チームが振るわないほどひいきに思う。シーア派は、1300年以上も前に敵に惨殺された指導者、イマーム・ホセインを追悼して、痛みを分かち合うために自らの体を傷つける。阪神ファンは、自らの身を道頓堀に投げる。云々。

 だからというわけではないが、暦が寅年に変わる直前から、なにやらイランのシーア派社会がきな臭い。昨年6月の大統領選挙以来続く、アフマディネジャード政権に対する反政府活動が、また激しさを増しているようだ。

 きっかけは、イランのシーア派宗教界の重鎮、ホセイン・モンタゼリ師が年末、12月19日に逝去したことにある。カリスマ的指導者、ホメイニー師とともにイラン革命を主導し、一時はホメイニー師の後継者とされてきたモンタゼリ師だが、80年代末、体制批判を強めて後継者ポストから外された。その後現在のハメネイ最高指導者と対立し、長年発言を封じられてきたが、昨年のイラン大統領選挙の不正問題が起きると、イラン政府の反対派弾圧を批判する発言を行う。その彼が亡くなったとなれば(87歳という高齢を考えれば、死因は不自然ではないのだが)、反政府派が「弔い合戦」の勢いを強めても、おかしくない。

 おりしも、没後1週間の12月26日は、前述したイマーム・ホセインの追悼行事が始まる時期に当たっていた。この儀式、「アーシューラー」は、どんな政治的信条の持ち主も、全世界のシーア派信徒が最も熱狂的に集い、殉教者を悼む行事である。これを機に反政府側は、デモや政府批判を激化させた。モンタゼリ師追悼とアーシューラーが、自然と重なり合ったのだ。その結果、治安部隊との衝突で8名の死者が出た。

 これは、31年前のイランを彷彿とさせる。1978年12月の「アーシューラー」の時期、当時のシャー独裁体制に反対する大規模なデモが繰り広げられた。この国民的行事に手を出せないシャー政権は、ずるずると統制力を失い、国外退去を余儀なくされていく。その3ヵ月後にイラン革命が成就、現在のイスラーム体制が築き上げられたのである。

 革命を成功させたり政権を揺るがしたりの、シーア派民衆の爆発力。集団的熱情が大好きなシーア派とタイガースファンは、トラ年に何かを成就できるのだろうか?

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、フェンタニル巡る米の圧力に「断固対抗」=王外

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story