コラム

ツイッターと政治主導が実現した「電波開国」

2010年12月02日(木)12時06分

 新聞もテレビもあまり報じない大きなニュースが、先週あった。総務省の「ワイヤレスブロードバンド実現のための周波数検討ワーキンググループ」は、11月25日の会合で700MHz帯で次世代無線に100MHzを割り当てる骨子案をまとめたのだ。

 100MHzといってもピンと来ないだろうが、これは現在、携帯電話の端末で使われている周波数のほぼ半分。日本の周波数は130億円/MHzと評価されているので、時価1兆3000億円の「埋蔵金」が開放されることを意味する。

 総務省は今年の4月、いったん700MHz帯でアジアの標準とは異なる周波数を割り当てる方針を決めた。これだと国際周波数を使う次世代のiPhoneやiPadなどの端末が、日本だけ使えなくなるおそれが強い(iPhoneの最初のモデルは日本と韓国だけ使えなかった)。

 これに対してソフトバンクの孫正義社長がツイッターで異議を唱え、それに答えて原口一博総務相(当時)が再検討を約束した。翌日の閣議後の記者会見で原口氏は、周波数を再検討する作業部会の設置を決めた。

 いったん電波部が決めた割り当てを大臣がひっくり返すのは前代未聞の出来事で、総務省内は大混乱になったが、半年の検討をへて国際標準に合わせることが決まった。これは民主党政権の「政治主導」の成果であり、インターネットの力で官僚の決めた政策がくつがえされたのは初めてだ。

 新たに設けられた作業部会では、テレビ局が「中継ができなくなる」と移転を拒否したが、彼らが免許をもっている帯域で中継が行なわれるのは、マラソンなどの移動中継だけで、首都圏では月にわずか3回というデータを見せられ、黙ってしまった。ワイヤレスマイクの業者が最後までねばっているが、わずか2万台のマイクのために1億1000万台の携帯端末を犠牲にすることは考えられない。

 作業部会では周波数オークションの導入も検討されたが、今回は見送られる見通しだ。しかし900MHz帯と合わせて130MHzの帯域をすべてオークションで割り当てると、1兆7000億円が国庫に入る。事業仕分けの2回分を上回る財源をみすみす見逃すのはもったいない。

「オークションの落札額の高騰がユーザー負担の増加を引き起こす」という話がまだ出ているようだが、そんなことは起こりえない。オークションを実施した国としていない国を比べると、むしろ実施していない国のほうが料金が高い。これはオークションによって新規参入が起こり、競争が促進されるからだ。

「免許料が事業者の経営の負担になる」というのは当たり前だ。電波は一種の国有財産なので、払い下げるときは競売にかけるのが会計法の原則である。「国有地を競売にかけたら不動産会社の経営の負担になるので、無料で払い下げよう」というのは違法である。「今までは無料だったので、これから有料にすると不公平だ」というのもナンセンスで、不公平だと思う業者は応札しなければいい。

 オークションを行なう最大の目的は国庫収入ではなく、競争促進である。今までの周波数割り当ては、ある帯域をドコモに割り当てたら次にあいた帯域はKDDIに、というように既存業者にたらい回しされていた。業者も電波をもらうために天下りを受け入れ、そのOBが官庁の後輩と密室で談合して割り当てを決めていた。

 これでは実績のない業者が電波の割り当てを受けることはできない。事実、携帯電話が日本で始まってから20年近く、その業者は電話会社に限られていた。2006年に初めてアウトサイダーのソフトバンクがボーダフォンを買収して参入してから、携帯が一挙に活気づいたことは、利用者が一番よく知っているだろう。

 今回は900MHz帯と合わせて130MHzの周波数があき、3~4社が新規参入できる。これによって外資を含めてまったく新しい業者の参入する余地があり、「ガラパゴス」といわれる日本の通信業界の電波開国が実現する。日本が長期停滞を脱却する道は、競争によって企業の新陳代謝を促進するしかない。今回の電波開放は、民主党政権の数少ない実績として歴史に残るだろう。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story