コラム

春節の到来

2013年02月20日(水)07時49分

「恭喜發財! 生意興隆! 身體健康! 馬到功成! 心想事成!...禮是逗來!」

 わたしの旧暦正月、「春節」の思い出は香港に始まる。観光都市として年がら年中旅行客を迎える香港は正月にも見せ場はたっぷりで、初日から人々はレストランでの外食が楽しめるし、家の中だけではなく街の飾り付けはこれでもか、というほど賑やかだし、正月2日目にはビクトリア港で行われる政府主催の花火大会で文字通り街中で春節を祝う。

 冒頭の言葉も香港人が使う広東語の正月の文句である。「おめでとう! 今年も商売繁盛、みんな健康で、物事は順調に、願い事がかないますように!...で、お年玉もよろしく!」となる。香港では未婚者なら誰でも年上の既婚者からお年玉をもらうことができる。わたしも香港を離れるまで、毎年だれかれにお年玉をもらっていた。

 広東語ではお年玉は上述のように「礼是」と書く。同じ発音で「利市」という文字を当てることもある。口語なので文字は当て字だろうが、「市場に利する」と書く後者は商売人の多い香港人が縁起を担いで使う。

 中国語の辞書を引くと、お年玉は「圧歳銭」と書かれている。これは昔、楊貴妃が子供を生むときに玄宗が「穢れを圧する」という意味で魔除けの色とされる赤で御札を包んだのが最初、と言われる(とはいえ、いろんな説があるらしい)。つまり、もともとお祝いごとの魔除けみたいなものだったわけ。日本でもお守りが赤い艶やかな袋に入っているのはその名残ではないだろうか。

 西洋社会にはお祝いごとに寄付は別としてお金を送るという習慣がないために、「圧歳銭」の存在は特に興味を引くらしい。米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は先週、フランスのマーケティング・リサーチ会社による「お年玉」についての調査結果を伝えた。それによると、中国の回答者のうち45%が「お金でもらいたい」と言い、22%が「電子機器が欲しい」、さらに5%が「お茶かコーヒーがいい」と答えたと言う。

「やっぱり今の中国はカネ、カネ、カネ...なのか」という感想はちょっと待った。実は同じ調査を受けた華人圏の間でお金のお年玉を所望したのは実はシンガポール人が最高で69%、次に台湾人も65%が「ほかのものよりもお金がいい」と答えたという。まぁ自分の子供時代を振り返っても、お年玉はやっぱりお金のほうが断然よかったので、その思いは分からないでもない。

 だが日本と違うのはその渡し方だ。この調査でも中国人が包んだお年玉総額の1人あたり平均は約3668人民元(約5万5千円)で、それぞれ身近な家族へ平均1323元(約2万円)、その他親戚へ同約890元(約1万3500円)、友人へ同約432元(約6500円)、同僚へ同約235元(約3500円)だったそう。「身近な家族」には働き盛りの年代から渡す年老いた両親が含まれる。働き盛りの世代にとってはお年玉に日本よりもお金がかかる。

 そんな正月を迎えるためにかかる費用全体に「値上がり」傾向が見られるという。春節前にネットサイトが行った調査によると、ネットユーザーの4割が春節にかかるあれこれに3ヶ月分の給料を当てると答え、その中でも両親や子供だけではなく周囲への「お年玉」を昨年より上乗せすると答えた人が7割を超えた。実際に春節前に支払われるボーナスをまるまるお年玉に当てたという人もいる。

 ちなみに中国でボーナス「年終賞」という概念が普及し始めたのはここ数年のこと。出てもほとんどの企業が賃金1ヶ月分か2ヶ月分だそうだ。業態によってはまったくボーナスという制度のない会社もあるというから都会では春節前にほくほく顔をしている人も見かけるが、商店はまだまだボーナスよりも「年末・年始商戦」に焦点を当てる(一方、香港ではずっと前から旧正月前の「双糧」、つまり賃金2ヶ月分のボーナスは習慣として定着しているが)。

 そして多くの人たちが日頃暮らす場所から一家全員で故郷に帰って親戚縁者に囲まれて過ごすのが「春節」。彼らはお年玉以外にもお土産や、田舎にはない都会の香りを味わってもらおうとプレゼントをたくさん準備してぎゅうぎゅう詰めのバスや列車のチケットを買って帰っていく。地方によっては、まだ若くて未婚でも働き始めたら周囲にお年玉を配るのが習慣になっているところもあり、日ごろ物価の高い都会で汲々の暮らしをしている若者にはそれはそれは大きな負担となる。

 だが、一方でもらったお年玉の使い道も日本と違うようだ。1980年代生まれの若者の中には子供の頃からお年玉を大事に貯め続け、自分の大学進学費用にあてた人もいるらしい。また20年近く大事に貯め続けたお年玉を近年住宅購入の頭金にしたという例もあるらしいが、これは地方都市ならともかく、都会じゃ無理な話である。今年はなんと一人で数万元のお年玉を集める子供もいたそうで、父親がそれを借りてマイカー購入資金の一部にしたという話も流れていた。

 前述したとおり、中国でお年玉をもらうのは子供だけではない。さすがに自分より年長の人に渡すものは「圧歳銭」ではなく、「紅包」と呼ぶ。いわゆる御祝儀だ。この「紅包」は新年の挨拶代わりにも使われており、今年はある地方の政府関係者が「以前は数万元のご祝儀が届けられたが、退職してからはもう誰も持ってこなくなった」とつぶやいたという報道が政府系メディアを駆け巡った。ご祝儀という名の「紅包」がどんなふうに「利用」されているかを物語るエピソードだ。

 だが、政府系メディアといえば面白いことに気がついた。お正月のエピソードを探していて、新華社や各地の政府系メディア及びそのウェブサイトに掲載されている「お年玉」にまつわる記事の論調のほとんどが警句調なのである。

 たとえば、「河南省の80年代生まれの母親がお年玉を拒否 数十人の同級生が同調」だとか、「お年玉の額をひけらかした子供が袋叩きにされた」とか、「1歳の子供に万単位のお年玉が集まって、逆に親の負担に」とか、「子供はお金よりプレゼントを欲しがっている」「子供がもらったお年玉を親が巻き上げようと策を巡らせた」だとか...まぁそんな例もないとは言えないが、それでもそれらを掲載、転載しているメディアがほぼ政府系だというのはどうしたことだろう。

 ずらりと並ぶお年玉関連を話題にした政府系メディアニュースの中でどうにかポジティブに思えるのはわずかに「12歳の男の子が万単位のお年玉で慈善基金を設立」という記事くらい。でも、12歳の子供が基金を設立するなんて話、ちょっと現実的じゃなさすぎて逆におかしい...

 もちろん、賄賂とスレスレのような非現実的なお年玉については多いに論じられるべきだろう。それがまともな社会というものだ。だが、政府系メディアの論調がこぞってお年玉を「悪の権化」イメージで伝えるのは一体なぜなのか。

 ここでふと習近平が年末に通達した「華美な公費飲食はやめよ」という話を思い出した。社会は政府の浪費が制約されることに対しては歓迎している。実際に年末、特に春節前にいつもなら公費忘年会などで潤うレストランが突然の高額な大宴会のキャンセルで大慌てしたという話も耳にする。社会的な影響を考えてかそれが大きく報道されることはないが、それはそれで公費使用是正の動きとして受け入れるべきだろう。

 だが、もしその通達の延長が「お年玉」に向けられているとしたら? なぜここに来て政府系メディアを中心に、映えばえしい正月報道の最中でお年玉だけネガティブな報道が並ぶのか。習の態度には社会の保守的な意識に訴えるものがあるともよく言われている。こうやって文字通りの「政府の舌」たちがある種のイデオロギーにも似た論調を振りまいているとしたら、これは「お年玉」批判だけではすまなくなる。

......とはいえ、庶民の情報やニュース交換のプラットホームは新聞や政府系テレビのそれよりもすっかり微博に移ってしまっている。おかげで微博上で庶民によるさまざまなお正月の話題を読んでいたわたしも、ニュース検索をするまで政府メディアのこんな傾向にまったく気づいていなかった。

 こうして実際には政府メディアのイデオロギー伝達力は昔ほど大きな影響力を発揮するには至っていないようだが、これが何かの「合図」だとしたら、やっぱり注目すべきだろう。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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