土居 なぜ、このようなことになってしまったのでしょうか?
大竹 伊藤さんが先ほどご指摘されたように、情報共有に最大の原因があると思います。
たとえば、最初の頃はクラスター対策が重要課題でした。しかし、政府、厚生労働省の人たちにどのようにクラスターの実態を把握していたかと尋ねると、「新聞を読んでいます」と。驚くべきことですが、本当にそういったレベルでした。
コロナ初期の春は治療法が確立していないために致死率が高かったのは事実ですが、夏頃には、望ましい治療法が少なくとも専門家の間では共有されていました。しかし、そういった情報がなかなか広められていなかったのです。
もう一点は、政府から医療機関に対して、感染者の受け入れなどの具体的な指示が直接出せないので、金銭的インセンティブを設計するしかなく、急に設計したこともあり、不完全なものになったというのも大きな理由です。
土居 なるほど、そのような実態があったのですね。
では、こういった医療の専門家と経済学者の考えの違いについて、第三者の立場としてどのようにご覧になられているかについて、横山先生、おうかがいできますでしょうか。
横山 当時は、やはり一市民としては不安が大きく、一体これからどうなるのだろうかと思っていたことを思い出しました。
そのような状況の中で、医療関係者の言葉は非常に強く、あるいは効き過ぎるぐらい強く響いてしまった可能性があるのではないかと、今回、経済学者の先生方のお話をうかがいながら考えました。
土居 医療関係者の言葉が非常に強く、効き過ぎたというご指摘は、なるほどです。
横山 しかし緊急時には、専門家の情報以外の情報の実態が分からないため、それ以外に頼るすべがないという状況になります。そのような中で、その時々に大事なことを広く社会全体で議論しにくい時期が長く続いてしまったのだと思います。
研究者集団としては決して好ましいことではありませんが、特定の研究者だけが非常に強い発信力を持ってしまうということがパンデミックの初期に起きてしまいました。本来、相互チェックや幅広い分野で議論が必要なのですが、その点がなされませんでした。
こうした現象は世界的に起こっていることが報告されています。そういう意味では社会全体の問題なので、様々な分野がプラットフォームをより共有できるような仕組みができると本来であればよかったのですが...。それがなかなか難しいということを今回、お話をうかがいながら考えていたところです。
※後編:日本の「専門家の信頼性」は世界的に見ても下がらなかった...ポストコロナ、そしてトランプ時代の「専門知」の在り方とは? に続く
伊藤由希子(Yukiko Ito)
慶應義塾大学大学院商学研究科教授。1978年生まれ。東京大学経済学部卒業。米国ブラウン大学経済学博士。東京学芸大学准教授、津田塾大学総合政策学部教授を経て、現職。専門は医療経済学、国際経済学。日本各地の地域医療における病院再編問題に取り組む。内閣府規制改革推進会議「健康・医療・介護」WG専門委員・令和臨調「財政・社会保障部会」主査として社会保障改革に取り組む。
大竹文雄(Fumio Ohtake)
大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授。1961年生まれ。京都大学経済学部卒業。大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程退学。博士(経済学)。大阪大学社会経済研究所助教授、同大学院経済学研究科などを経て、現職。専門は労働経済学・行動経済学。著書に『日本の不平等――格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社、サントリー学芸賞)、『競争社会の歩き方 自分の「強み」を見つけるには』(中公新書)、『あなたを変える行動経済学――よりよい意思決定・行動をめざして』(東京書籍)などがある。2020年~2023年、新型インフルエンザ等対策有識者会議・新型コロナウイルス感染症対策分科会委員をつとめた。
横山広美(Hiromi Yokoyama)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構教授。1975年生まれ。東京理科大学大学院理工学研究科満期終了。博士(理学)。東京工業大学特別研究員、総合研究大学院大学上席研究員、東京大学大学院理学系研究科准教授を経て、現職。専門は科学技術社会論。
土居丈朗(Takero Doi)
慶應義塾大学経済学部教授、アステイオン編集委員。1970年生まれ。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、現職。専門は財政学、経済政策論など。著書に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学(第2版)』 (日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)、『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)など。
『アステイオン』101号
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CCCメディアハウス[刊]
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