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インタビュー

布製マスクの「製造過程」になぜメスを入れたのか?...田中弥生・会計検査院長に聞く「コロナ対策の事後検証」

2024年12月18日(水)10時50分
田中弥生 + 土居丈朗(構成:髙橋涼太朗)

田中 布製マスクはメディアでもかなり取り上げられ、在庫が8200万枚も余ったことが注目されました。しかし、布製マスク配布事業に1044億円もの予算が投じられたことはあまり報道されていません。我々は在庫に至る前段階、つまり製造契約の問題にも注目しました。

驚いたのは、契約に当たって仕様書がなかった点です。口頭で伝えるだけで製造が進められ、瑕疵(かし)担保責任が明確でなかったため、後に不良品が出ても修繕や交換に応じてもらえないケースもありました。結局、検品作業を厚生労働省が自ら行なうことになったのです。

当初、厚生労働省が数億円を払って検品会社に委託しましたが、世論の批判を受け、最終的にはメーカーが負担する形での契約に変更しました。しかし、この対応にかかる費用も非常に大きく、仕様書を作らなかったことや瑕疵担保責任を明記しなかったことで、結果的にコストが増大してしまいました。

土居 混乱の最中とはいえ、法律に厳しい霞が関にしては、特に契約上の瑕疵担保条項については凡ミスに見えますね。

田中 これは検査報告にも記載しましたが、一部のメーカーでは短期間で布を調達し、納品するリスクが大きすぎるとして、瑕疵担保条項を削除するよう求めたそうです。緊急ということもあり、仕方なく条項を削除した結果、問題が残ってしまったのです。また、契約相手方の見積額と同額をそのまま予定価格にしてしまったという問題もありました。

土居 前例のない事態のなか、マスクの緊急製造という初めての新型コロナ対策では、厳しく指摘できなかったという事例ですね。

持続化給付金事業について

土居丈朗先生

土居 2020年度に、新型コロナ対策で会計検査院が重点的に取り組んだ項目は他にありますか?

田中 いわゆる新型コロナ対策関連経費の中で、1つ挙げるとすれば持続化給付金事業です。

持続化給付金は423万件に対して計5兆5500億円が給付されましたが(2021年3月末まで)、背後では多層の再委託が行われています。

受託者である一般社団法人サービスデザイン推進協議会から大手広告代理店・電通などに99.8%再委託し、そこから更に9階層に及んで延べ723者が関与していました。

このような多重階層では受託者が管理するのは困難であるとして、再委託の範囲や仕事の適切性を明確にすべきだと申し上げました。

土居 その後、2021年度や2022年度にも補正予算を通じて作られた基金でも同様のケースが見られました。持続化給付金事業ほどではないにせよ、基金の運営における再委託の問題がまだ残っているように思います。

田中 2023年秋に「令和4年度(2022年度)決算検査報告(注4)」を公表し、「特定検査状況」として報告したガソリン価格を安定させるための燃料油価格激変緩和対策事業ですね。

6兆2000億円の予算が組まれ、一般社団法人全国石油協会が、基金設置法人として選ばれました。そして、同協会と博報堂との間で委託契約が結ばれ、受託者である博報堂を通じて別の大手広告代理店に77.0%再委託していました。

委託の内容ですが、主に補助金申請の処理とガソリンの販売価格の調査です。ガソリンは卸売事業者(石油輸入業者)が30社しかありませんが、ガソリンスタンドは全国に約2万8500店あります(検査当時)。ですから、ガソリンの価格や売上に基づいて卸売事業者に交付する補助金を調整し、頻繁に補助金の申請を行う必要がありました。また、ガソリンの販売価格の調査を全ガソリンスタンドに対して行なうことになっていました。

土居 一回一回の申請ごとに交付事務が必要という構図ですよね。持続化給付金事業の場合は100万円から200万円規模の給付金が423万者に交付されました。再委託に関して所管省庁のモニタリングの甘さがあったのではないでしょうか。

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