明治の検定教科書である坪内雄蔵(逍遙)編の冨山房『国語読本 尋常小学校用』『国語読本 高等小学校用』(明治33年)は評価の高かった読本だが、翻訳教材を多数収録していることでも知られている。
たとえば『尋常小学校用』には「ふか」という読み物が掲載されている。南洋での航海中、遊泳している息子に迫るさめを大砲で撃退する水夫の話だが、これはトルストイ原作だ。
「ふか」は第一期国定教科書(明治36年~)、第三期国定教科書(大正7年~)でも用いられ、戦後の検定国語教科書でも使用例がある。
同『高等小学校用』には「おしん物語」(「シンデレラ」)やデ・アミーチス原作の「盲唖学校」(「耳の聞こえない女の子」)も収録されていた。
とはいえ「ふか」もふくめ、それぞれもとはロシアやイタリアの作品ながら、英語のリーダーを経て訳出されたものであり、読本には原作者名も記載されていない。
また「おしん物語」では「シンデレラ」は「おしん」に、「盲唖学校」では、「耳の聞こえない女の子」である「ジージャ」が「お徳」になるなど、猛烈に同化されていた。
こうした例が示すように、この時期の外国文学教材は外国のリーダー経由の翻案読み物だった。
大正10年ごろから、論争を経て文学教育が評価されるようになると、数多くの文学作品が教科書や副読本に取り入れられるようになった。その流れの中で外国文学作品も教材として採用されていく。
もちろん、昭和10年代以降、戦時色が強まると外国文学作品は採用されにくくなってしまうが、それまでに繰り返し、何種類の教科書に掲載される「定番」と言ってもいいようなものも出現している。
ランキングをつくってみるならどうだろう。戦後も根強い人気を誇ったドーデ「最後の授業」や、第三期、第四期(昭和8年~)国定教科書に掲載されたシェイクスピア「リア王」も捨てがたい。
しかし、歴史、つかわれ方、普及度などから判断するなら、やはりシェイクスピア『ジュリアス・シーザー』の「アントニーの演説」と『ヴェニスの商人』の「法廷の場」、およびユーゴー『レ・ミゼラブル』(『ああ無情』)の「銀の燭台」がベストスリーを占めるのではないか。
これら三種の教材を、「外国名作文学三大教材」と呼んでみたい。こうした教材は多くの場合訳者名も明記されており、坪内逍遥や黒岩涙香(のちに豊島与志雄に切り替わっていく)の「名調子」が評価されての採録であることがわかる。
vol.101
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