実際、ギゾーが『ヨーロッパ文明史』の冒頭でおこなったように、言葉の通俗の意義から考えて行くのが、文明の一般的定義を得るのに――そして、過度に抽象的な答えに終らないようにするのに――もっとも適切であろう。「もっとも一般的な用語の普通の意義の中に外観上厳密に見える科学の定義におけるよりも、一層の真理がある」し、言葉に普通の意義を与えるものは常識であって、「常識は人類の特質」だからである。
とは言え、先に上げた特徴は文明の結果あるいは産物であって、そのもっとも重要な性質ではなく、ましてその原動力とは言えないように思われる。人々の生活が豊かになることは、そのまま文明の発達を意味しはしない。そのことはローマ史を考えてみれば判る。ローマ帝国内の人々の生活の豊かさの水準は、それが滅亡する少し前まで、あるいは寸前まで、向上し続けた。しかし、歴史家の多くは共和制の下のローマを最盛期とみなし、帝政を長い衰退期と考えて来たのである。そうした歴史観には、疑いもなく偏りがあるから、多少の修正を必要とするであろうが、しかし、基本的に誤まっているとは思われない。文明の基本的特質に着目するとき、ローマ文明の最盛期は共和制の時代であるとみなすことができるのである。
その文明の基本的特質とはなにであろうか。
その第一は進歩発展ということであり、そのことはギゾーが言っているように、文明という言葉によって人々がまず意味するところである。そしてその意味を多少深く考えて行くとき、進歩発展をもたらす原動力として、哲学者ホワイトヘッドが「(理念の)冒険」と形容したものの重要性が浮び上ってくる。「世界は未来の物事を夢見るし、その後適当な時間のうちに、その実現へと立ち上る。実際、目的をもっておこなわれたすべての行動上の冒険は、まだ実現されていないことに関する思考の冒険を伴っている。コロンブスはアメリカに向けて出航する前に、極東、世界一周、航海図なき大洋を夢見た。冒険は予定した目的に滅多に到達しない。コロンブスは中国まで行けなかった。しかし、彼はアメリカを発見した。......こうして、これまでになされたことと、今後可能なこととのしっかりした対照を描き、過去の安全をこえて冒険に向う気力がある限り、民族は活力を維持できる。冒険心が無くなったとき、文明は衰退へと完全に向う」
文明の第二の基本的特質は、社会のあり方に関するものである。ギゾーに従って、言葉の普通の意義を考えるなら、「その外的生活が平穏な便利な人民――あまり租税を納めず、苦痛をまぬがれ、その私的関係において正義がよくおこなわれるような、要するに物質的生活はまったく満ち足り、そして幸福に処理されるような人民、しかしその知的及び道徳的生活は故意に遅鈍不活動にされる......すなわち羊の群れのように取扱われる人民」を文明と言うのは難かしい。逆に、「個人的自由が非常に伸長されてはいるが、しかし、無秩序と不平等の極端であるところの人民......――ヨーロッパがこの状態を経過して来たことを知らないものはないが」は、開化の可能性を持っているが、それまた文明とは言えない。
以上述べたことを、逆のしかたで、すなわち積極的な形で言うなら、文明はその構成員が協力し合うと同時に、個性が発揮されうるようなものでなくてはならないし、その保障として、恣意的な支配や暴政ではなく、説得による統治行為がおこなわれていなくてはならない。前半の命題の端的な表われは、秀れた芸術学問の出現ということであり、人々はそのことを文明の重要な表象とみなす。「財産や社会的権利が多数の人々には欠けているけれども、多くの偉人が生存していて、世界の注目の中に輝いている」とき、人々はそこに文明を認める(ギゾー)。ホワイトヘッドを引用するなら
「芸術はその構成の細かな構成部分において個性の造出を目指さなくてはならない。......それは、それを見る人々の感情の深みに訴えることにより、彼らにはあたかも不滅であるかのように見せなくてはならない。このため、芸術を伴った偉大な文明は不滅の装いをもって世界を描く。......実際、このことこそわれわれが偉大な芸術において発見するものである。それを構成する細かな部分は、それぞれにふさわしく最高に生きている。彼らは個性を主張しつつ、しかも全体に貢献している」
後半の命題は社会組織と政治のあり方、すなわち秩序に関して広く認められているところである。三たびホワイトヘッドを引用しよう。
「文明社会にとっては、社会的活動の協調がなくてはならない。この協調はある程度まで、良識のひらめきによって支えられた本能的習慣によって生み出され、ある程度までは社会の他の構成員による強制により、そしてある程度までは理にかなった説得によって生み出される。そして、最後のものの範囲が広がるとき、より高い知的活動やより微妙な感情が役立ち、そのよさを発揮するように環境が作られる」
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