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「カトリーヌ・ド・メディシスはフランス料理の生みの親」という話を聞いたことがあるだろうか。彼女はイタリア・フィレンツェの富豪メディチ家に生まれ、フランス国王アンリ2世の妻・フランス王妃となった女性だ。
夫の死後は政治の実権を握り、宗教戦争時代には多くのプロテスタントの命を奪う虐殺事件に関与した「悪女」というイメージの強い人物だが、彼女が1533年にフランスへ嫁いだことが、フランス食文化の発展のきっかけになった、というエピソードである。
〈カトリーヌはフォークを持ち込み、それまで手づかみで食べるのが常だったフランスの宮廷人たちに衝撃を与えた。また、彼女に付き従ってきたイタリアの料理人や給仕人たちが豪華で洗練された料理を伝えた。マカロンやアイスクリーム、シュー生地なども彼らによって生み出された〉――と、こういった話だ。
フランスでよく知られるこの逸話は、日本でも料理関連の本やメディアにたびたび登場する。この話は長らく公然の事実であるかのように語り継がれてきたが、近年歴史研究者たちによって、どうやら本当のことではないということが明らかにされている。
2018年に出版された『ルネサンスの食卓(La table de la Renaissance. Le mythe italien)』では、フランス、イタリア、アメリカの11名の歴史家たちが、この「カトリーヌ伝説」に含まれる逸話の数々について検証し、フランスとイタリアの間に実際にはどのような食文化の交流があったのかを明らかにしている。
結果を言えば、カトリーヌが生きた時代に書かれたもので、彼女がフランスの食文化に大きな影響を与えたと伝えるものは何も残っていない。
つまり、彼女はマカロンやアイスクリームやシュー生地の発明または伝播とは、実際には無関係なのだ。カトリーヌはおそらくフォークを使用したと思われるが、この道具は彼女がやって来る前からフランスに存在していたし、いずれにせよフランス貴族たちの間でフォークの使用が一般化するのは、彼女の死後150年近くが経ってからのことだ。
興味深いのは、この歴史家たちの検証が単に「カトリーヌ伝説」が「嘘か本当か」という問題に終始せず、伝説の成立過程を明らかにしていることだ。
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