この新しい潮流のなかで、「カトリーヌ伝説」は当初のネガティヴなイメージを取り払われ、料理にまつわる面白エピソードとして語られるようになった。1800年代、パリの美食批評家グリモ・ド・ラ・レニエールはこう書いている。
「食の芸術は、〔中略〕シャルル9世の時代にはすでにフランスで大きな進歩を遂げていた。それは彼の母カトリーヌ・ド・メディシスによってイタリアからもたらされたのだった。というのも、この芸術はイタリアではもうずっと前から花開いていたからだ」
『三銃士』などの作品で知られる作家アレクサンドル・デュマも、『料理大辞典』(1873年出版)で同じ内容を書き綴っている。
美食文学の流行のなか、「カトリーヌ伝説」には尾ひれがつき、様々な料理や食材が彼女のおかげでフランスにもたらされたことにされた。そして彼女がマカロンやアイスクリームの生みの親というストーリーは、20世紀末まで覆されることなく語り継がれてきたのだった。
「カトリーヌ伝説」の辿った道のりは、人々が食べるという営みをどのように楽しみ、どのように考えてきたか、その歴史を浮かび上がらせている。
食文化の歴史は食べものの歴史、料理の歴史だけではなく、それについて語るという行為の歴史でもあるのだ。政治や宗教、社会の状況との関係に応じて、食を通して感じる幸せや喜び、タブーや罪悪感のあり方も変化してきた。
歴史家たちによる検証を経た今、「カトリーヌ伝説」は、真っ赤な嘘として葬り去られるのではなく、何世紀もの間フランスの食卓を彩ってきた言葉のスパイスとして、その伝説自体の歴史を語り直される時を迎えている。
齋藤由佳(Yuka Saito)
福島県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程単位取得満期退学、アンジェ大学博士課程修了(歴史学)。専門はフランス近世史で、食文化や味覚の歴史を研究している。「18世紀および19世紀初頭フランスにおける味覚の探究:グリモ・ド・ラ・レニエールの美食言説を中心として」にて、サントリー文化財団2017年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。
『ルネサンスの食卓(La table de la Renaissance. Le mythe italien)』
Pascal Brioist, Florent Quellier[著]
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