このように「中華」「中国」の拡大深化と対峙するのは、台湾・香港・チベットばかりではない。チベットと同じく西方にあり、しかもチベットよりも「中華」に疎遠だったはずの新疆・東トルキスタンは、やはり「中国化」の只中にあって、否応なく世界の耳目を集めている。
現代の人権問題として取り沙汰される「新疆問題」は、しかしながら大小消長・名称のちがいこそあれ、19世紀からすでに存在してきた。
その150年以上もの歴史は、日本とはるかに隔たりながらも無縁ではありえない。熊倉潤(法政大学准教授)は今日の「新疆問題」の構図と論点を確かめるべく、くわしく史実を跡づける。
「中華」に否定的な周辺ばかりではない。北に朝鮮半島の「小中華」があれば、南にも「南国」ベトナムという「中華」があった。牧野元紀(東洋文庫文庫長特別補佐)はそんな「誇り高き」ベトナムの歴史をひもといて、「中国」に対峙対抗するため実践してきた「中国化」の過程と現状を明らかにしている。
いまやベトナムは、多数の若者を送り出して日本国内の労働、ひいては暮らしを支えるばかりでない。南シナ海上の南沙・西沙諸島の領土主権を中国と争うなど、日本と共通の利害を有する存在でもある。従前のような無知無関心で見過ごすことは許されない。
しめくくりに、小長谷有紀(国立民族学博物館名誉教授)を囲んで、今昔のモンゴルを縦横に語り合った。日本でもすっかりおなじみになったモンゴルほど、古今にわたって「中華」「中国」との関わりの深いところも少ないからである。
「中華」の長い歴史のなか、「夢」みる中国はいかなる地点に立っているのか。「夢」の正体とは、何なのか。「中国」を囲繞する世界からみた「夢」の実体とは、何なのか。拡散・深化を続けた「中華」「中国」は、どのように見えるのか。
「中国」「中華」の意義・影像によって、中国に対する言動・関係が変わり、その過程を通じ、各国各地の運命も決まってきた。
何度も干戈を交えた日本も、もちろん例外ではない。ほかの国々はなおさらそうだろう。いまや「米中対立」と言って憚らないアメリカすら然り。中国史の多くをそうした史実経過が占める。
「中華」の拡散・深化と「中国の夢」を、外の眼からあらためてさぐってみることで、東アジアの現在を考えたい。
岡本隆司(Takashi Okamoto)
1965年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。宮崎大学教育学部講師、同教育文化学部助教授を経て、京都府立大学文学部教授。専門は近代アジア史。著書に『世界史序説』(筑摩書房)、『「中国」の形成』(岩波書店)、『東アジアの論理』(中央公論新社)、『属国と自主のあいだ』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞)、『中国の誕生』(名古屋大学出版会)、『世界史とつなげて学ぶ 中国全史』(東洋経済新報社)など多数。
特集:中華の拡散、中華の深化──「中国の夢」の歴史的展望
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