米国はハードパワー(軍事力、経済力)とソフトパワー(理念や価値の誘引力)の双方において、依然、優れたポートフォリオを有しているが、国際政治では「力」に加えて「意志」が重要だ。
その点、中国やロシアはポートフォリオとしては米国に劣るものの、事実上の一党独裁ゆえに「意志」の強靭さと一貫性には揺るぎないものがある。
今回のウクライナ侵攻に関しても、常軌を逸した攻撃を厭わず、核兵器の使用すらちらつかせるロシアを前に、むしろ米国側が抑止されてしまっていると不満を漏らす米国の外交・安保のプロは少なくない。
ウクライナと台湾では米国にとっての地政学的重要性は大きく異なる。台湾が中国の支配下に入れば、中国の海洋進出が瞬く間に西太平洋に及び、米国の覇権が大きく揺らぐのは自明だ。
とはいえ、台湾有事の際、米国の世論は自国の若い兵士の犠牲にどこまで耐えることができるか。中国側の極めて強靭な「意志」との差がやや不安ではある。
最後になるが、私はこうした近年の内向き傾向を必ずしも未来永劫的なものとは考えていない。米国そのものは近代啓蒙主義に基づいて建国された人工(実験)国家であり、そのことが米国を特別な国とみなす一種の選民思想(例外主義)の源泉になっている。
「特別な国ゆえに(国外の問題にも)介入する」と「特別な国ゆえに(国外の問題なんぞに)介入しない」という孤立主義と介入主義の間の距離は実はさほど大きくない。
昨今の米国はやや内向き傾向を強めているが、それが何かしらの出来事を契機に反転する可能性は大いにある。米国衰退論の類はこれまで繰り返し現れては消えていった。ましてや米国例外主義の終わりなどと結論づけるのはあまりに性急すぎると思われる。
渡辺 靖(Yasushi Watanabe)
1967年生まれ。ハーバード大学Ph.D.(社会人類学)。ハーバード大学国際問題研究所などを経て、2005年より現職。ケンブリッジ大学フェロー、パリ政治学院客員教授などを歴任。専門は現代米国論、パブリック・ディプロマシー論。主な単著に『アフター・アメリカ』(慶應義塾大学出版会、サントリー学芸賞)、『文化と外交』『白人ナショナリズム』(ともに中公新書)、『アメリカとは何か』(岩波新書)など多数。
「アステイオン」97号
特集「ウクライナ戦争──世界の視点から」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
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