コラム

治療用ヘッドセットも実用化間近...「40ヘルツの光や音」がアルツハイマー病の進行を遅らせる可能性と、そのメカニズム

2024年04月01日(月)21時50分

研究チームが「40ヘルツ」に注目した理由は、記憶を作ったり、記憶を呼び起こしたりするときに現れる脳波が40ヘルツだからとのことです。しかも、以前から視覚や聴覚をある周波数で刺激すると、同じ周波数の脳波が発生することが知られていたため、外部刺激から脳波を誘発するアイディアをアルツハイマー病モデルマウスで実施することにしました。

今回の実験では、40ヘルツ周期の光や音の刺激でアミロイドβが減少することは先行研究からの予想どおりでしたが、新たに①脳脊髄液が増え、②光や音の刺激で視覚野や聴覚野近辺の血管の脈動が活発になることで、脳内のゴミであるアミロイドβの脳外への排出が促進されることが分かりました。

これまでは「40ヘルツ周期の光や音は、免疫細胞の機能を向上させることでアミロイドβの蓄積を抑制する」という説もありましたが、老廃物排出システムの活発化によるというメカニズムが解明しました。本研究では、リンパ液の流れを増大させる引き金として介在ニューロンから放出される血管作動性腸管ペプチドが関与している可能性も示唆しています。

光と音でアルツハイマー病を治療するヘッドセット

40ヘルツ周期の光や音の刺激を受けるだけでアミロイドβが減少するなら、今からアルツハイマー病予防として毎日一定時間浴びたい、と考える人は多いでしょう。

実は蔡博士らは16年に「Cognito Therapeutics」という医療スタートアップ企業を立ち上げています。光と音で非侵襲的にアルツハイマー病を治療する目的のヘッドセットを開発し、21年にはFDA(アメリカ食品医薬品局)から「ブレークスルーデバイス」の認定を受けています。

現在は、マウスでの良好な試験結果を受けてヒトでの臨床試験に進んでおり、22年に第2フェーズとして76名を対象とした6カ月の試験で優れた成果を上げました。今後、第3フェーズとして500人、1年規模の試験とともに、軽度のアルツハイマー病患者を対象とした試験も進める予定です。

果たして人類は、光や音でアルツハイマー病を克服できるでしょうか。今後の進捗に非常に期待が持てる研究ですね。

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プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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