コラム

治療用ヘッドセットも実用化間近...「40ヘルツの光や音」がアルツハイマー病の進行を遅らせる可能性と、そのメカニズム

2024年04月01日(月)21時50分

ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンは「コリンエステラーゼ阻害薬」で、神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を抑えて脳内の神経伝達物質を増やし、記憶障害などの進行を遅らせる効果が期待されます。一方、メマンチンはアルツハイマー病に関与しているとされるグルタミン酸神経系の機能異常を抑制します。

ただし、これらの治療薬は、病気の直接的な原因であるアミロイドβやリン酸化タウの増殖を抑えるものではないので、効果は限られていました。

アルツハイマー病の原因であるアミロイドβの蓄積の抑制に直接効くとされる薬は、21年に初めてアメリカで承認されます。「アデュカヌマブ」という名称のこの薬は、アミロイドβに結合する特徴を持ち、除去を促進します。

ただし効果に疑問の声も上がっており、日本では審議が続いているものの、後発で同様の効果を持つ「レカヌマブ」が先に承認されました。両者には、アミロイドβが凝集される過程の中間段階の物質に結合するのがレカヌマブ、より最終段階に近い物質に結合するのがアデュカヌマブという違いがあります。

脳内のリンパ系の流れがよくなり、アミロイドβの蓄積を抑制

今回、蔡博士らの研究チームは、遺伝子改変してアミロイドβを蓄積しやすくしたマウスに40ヘルツ周期の光や音の刺激を与えると、脳内のリンパ系の流れがよくなるためアミロイドβの蓄積が抑制されるというメカニズムを解明しました。

アミロイドβは、健康な人の脳内でも作成され、通常は短時間で分解され排出されます。しかし、アミロイドβ同士がくっついて凝集すると脳内に蓄積され、神経細胞の損傷や脳の萎縮に関与すると考えられています。

もともと蔡博士らは、16年に「アルツハイマー病のモデルマウスに40ヘルツ周期の光(1秒間に40回の周期で点滅する光)を1日1時間当てると、視覚野でガンマ波が発生して、アミロイドβが著しく減少する」ことを発見し、「Nature」に発表しました。様々な周期の光でも試しましたが、他の周期やランダムな光の点滅では脳のアミロイドβの蓄積量への影響は見られませんでした。

さらに19年には、アルツハイマー病のモデルマウスに40ヘルツ周期の音刺激を与えると、聴覚野と海馬(脳で記憶を司る部位)でガンマ波が発生し、蓄積したアミロイドβタンパク質が有意に減少したことを「Cell」誌に報告しています。音の場合も、40ヘルツ周期のときのみ認知機能障害の改善がみられ、脳内のごみを取り除く作用を持つグリア細胞の数や血管新生が増えたといいます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、EUに凍結ロシア資産活用の融資承認を改

ワールド

米韓軍事演習は「武力」による北朝鮮抑止が狙い=KC

ワールド

米ウ代表団、今週会合 和平の枠組み取りまとめ=ゼレ

ワールド

ローマ教皇、世界の紛争多発憂慮し平和訴え 初外遊先
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 9
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 10
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story