コラム

夏に死ぬ人が増える? 地球温暖化で「死亡率の季節性」に変化か...4つの気候変動シナリオが示唆

2024年02月27日(火)20時15分

ロンドン大などの国際研究グループによる先行研究(17年)では、「温暖化に伴って、寒さによる死亡率は減少し、暑さに関連した死亡率は地球上のほとんどの地域で増加する」と予測しています。したがって、気候変動によって地球の気温が全体的に上昇すると、寒冷な季節の死亡率が低下する⼀⽅、温暖な季節では増加し、結果として死亡率の季節性が変わる可能性があると示唆されます。

もっとも、温暖化による死亡率の季節性の変化を実際に示したり、変化する場合はどの程度なのかを明らかにしたりする研究は、今日までほとんどありません。スペインの研究グループがヨーロッパの気候変動シナリオを用いて、月ごとの最大死亡率が冬季から夏季に徐々に移行すると予測した研究(11年)があるくらいで、地球規模でさまざまな気候帯における体系的かつ包括的な評価はなされていませんでした。

4つの気候変動シナリオ

今回、長崎大などの研究チームは、43の国・地域(707都市)の過去の死亡者数のデータを用いて、4つの気候変動シナリオに基づいて2000年から2099年までの⽇別死亡率を予測し、死亡率の季節性が将来変化する可能性を評価しました。

akane240227_map.jpg

この研究では、707 都市のデータを使⽤し、異なるシナリオの下で予測を⾏いました。図中の⾊は各地点の平均気温のレベルを表しており、形状は4つの気候帯を表しています。© 2024 Madaniyazi L, et al. Published by Elsevier Ltd. This is an Open Access article under the CC BY-NC-ND 4.0 license.

平均気温と死亡者数(全ての原因または⾮外因死に限定)の⽇別時系列データは、Multi-Country Multi-City Collaborative(MCC)共同研究ネットワークを通じて収集しました。1969〜2020年に発⽣した1億2680万9537人の死亡データから2つの極地域のデータ(いずれもペルー)を取り除き、最終的に705地点1億2676万6164人のデータを熱帯、乾燥気候帯、温帯、⼤陸性気候帯の4つの気候帯に分類しました

一方、気候変動シナリオは、共通社会経済経路(Shared Socioeconomic Pathways:SSP)が用いられました。

SSPは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)議長の呼びかけにより、統合評価モデルコンソーシアムが中心となって開発した社会経済シナリオです。2100年までに世界が取りうる方向性をSSP1~SSP5(1:持続可能、2:中道、3:地域対立、4:格差、5:化石燃料依存)の5つのシナリオで描いています。17年に発表されて以来、IPCC第6次評価報告書に反映されたり、パリ協定の気候目標の達成を探るために使われたりしています。

研究チームは、SSP1-2.6、SSP2-4.5、SSP3-7.0、および SSP5-8.5を⽤いました。ここで各シナリオの後の数値(2.6、4.5、7.0、8.5)は、設定された放射強制力(気候変動を引き起こす影響の度合いで、概ね温室効果ガス排出量の増加に沿っている)を示しています。

具体的には、SSP1-2.6は温室効果ガスの排出を積極的に削減し、SSP2-4.5は気候変動に対処しつつ経済活動をする穏やかなアプローチを採⽤しています。SSP3-7.0は環境への焦点を減らして経済成⻑を重視し、SSP5-8.5は排出制御を最⼩限に抑えつつ経済成⻑を優先したシナリオです。2000年から2099年までの期間では、調査した707都市の年間平均気温は各シナリオで1.35℃、2.73℃、4.26℃、および5.55℃上昇する⾒込みになりました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アメリカン航空、今年の業績見通しを撤回 関税などで

ワールド

ロ、日本の対ウクライナ円借款を非難 凍結資産活用し

ワールド

イラン外相、欧州との核協議に前向き 「訪欧の用意あ

ビジネス

米関税の影響注視、基調物価の見通し実現なら緩和度合
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 5
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 9
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 10
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story