コラム

ヒトの胎児の脳細胞から「ミニ脳」の作成に成功 最先端の立体臓器「オルガノイド」とは何か?

2024年01月17日(水)16時40分
ミニ脳のイメージ

胎児の脳から作成した実際のミニ脳は米粒ほどの大きさ(写真はイメージです) Sergey Nivens-Shutterstock

<オランダの研究者らが、中絶されたヒトの胎児の脳組織を使用して「脳オルガノイド(ミニ脳)」を培養することに成功した。iPS細胞を用いたものとはどう違うのか。オルガノイド作成の意義と歴史を紹介する>

「臓器(organ)のようなもの」が語源の「オルガノイド」は、試験管など生体外で栽培された3次元の構造体で、特定の臓器の細胞と機能を模倣します。拡大しても模倣した臓器とそっくりの解剖的な特徴を示しますが、大きくても数ミリメートル程度のため「ミニ臓器」とも呼ばれます。

オランダのプリンセス・マキシマ小児腫瘍センターとヒューブレヒト研究所の研究者らは、中絶されたヒトの胎児の脳から採取した細胞を用いて「脳オルガノイド(ミニ脳)」を培養することに成功したと発表しました。研究の詳細は、8日付の医学学術誌「Cell」に掲載されました。

オルガノイドは、多能性幹細胞(ES細胞やiPS細胞)や生物個体のターゲットとなる組織幹細胞から形成されます。脳の場合、これまでは多能性幹細胞から脳細胞を誘導して本物のヒトの脳に近い構造を持つ「ミニ脳」を作成することには成功していましたが、様々な臓器の中で唯一、脳だけが該当する組織幹細胞から直接オルガノイドを作ることができていませんでした。

オルガノイドを作り出す技術は20世紀に生まれ、2010年代になって急速に発展しました。本研究の内容とともに、オルガノイドを作成する意義についても概観しましょう。

アルツハイマー研究の前進にも貢献か

ヒトの発生や疾患の研究を進めるとき、少し前までは二次元的に細胞を培養したり、マウスなどのモデル動物を使ったりすることが主流でした。ところが、2010年代になると、疾患モデルや薬物試験、再生医療において、オルガノイドが重要な役割を果たすようになりました。

たとえば、脳オルガノイドは神経疾患の研究に、肝臓オルガノイドは薬物代謝の研究に使用されています。私たちの臓器は複数種類の細胞で構成されており、それぞれが相互に作用して自己組織化し、秩序のある構造物を作っています。オルガノイドは実際の臓器どおりの3次元構造で複雑な環境をより正確に再現できることから、従来の2次元の細胞培養よりも優れています。

また、アルツハイマー病の研究にはマウスなどのモデル動物が使われますが、マウスは自然の状態ではアルツハイマー病を発症しないため、人工的に発症させなければなりません。アルツハイマー病の治療薬の候補は、実験に使用した動物に効いたものとしてこれまでに400種以上も見つかっていますがヒトにも効くとは限らず、画期的な治療薬は未だに見つかっていません。そこで、脳オルガノイドを用いたアルツハイマー研究が、期待されています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story