コラム

ヒトの胎児の脳細胞から「ミニ脳」の作成に成功 最先端の立体臓器「オルガノイド」とは何か?

2024年01月17日(水)16時40分

臓器を生体外で作る試みは、米ノースカロライナ大のヘンリー・ヴァン・ピーターズ・ウィルソン博士によって1907年に初めて報告されました。ウィルソン博士は、海綿動物を細胞までバラバラにすると、その細胞が再集合して自己組織化し、生体を再構成できることを確かめました。

その後、20世紀末まではさほど研究が進みませんでしたが、ヒトES細胞が90年代に、ヒトiPS細胞が2000年代に樹立し、同時期に組織幹細胞を試験管内で培養する技術が確立されたことから、オルガノイド研究は急速に発展しました。現在は、脳のほかにも網膜、腸、肝臓、肺、前立腺など、多様な「ミニ臓器」が世界中で作られています。

とくに最近は、iPS細胞を用いた脳オルガノイドに関する成果がいくつか話題となりました。たとえば21年8月には、ドイツの研究チームが「視神経を持ち、光を検知する目を持った脳オルガノイド」を作成。同年12月には、オーストラリアとイギリスの研究チームが「卓球のビデオゲーム"PONG"を脳オルガノイドにプレイさせたら、AIよりも優れていた」ことを発表しています。

iPS細胞を用いた脳オルガノイドとの違い

今回のオランダの研究チームは、匿名かつ無償提供のドナーから提供された、妊娠12週から15週の胎児の脳組織を実験に用いました。栄養素と成長因子を用いて作成を始めてから4~8日後、研究者らは組織的で複雑な立体構造を持つオルガノイドに成熟したことを確認しました。

彼らはかつてiPS細胞を用いた脳オルガノイドを作成したこともありましたが、iPS細胞は脳の様々な部分の細胞になるように誘導しなければならないのに対して、胎児の脳から直接採取した脳組織は多種類の細胞がもとから含まれており、特定の発達段階を正確に捉えて適切に成長したと言います。

また、前者は細胞が成長するための「足場」を外部から用意する必要がありましたが、後者は足場となる「細胞外マトリックスタンパク質」を自力で作ることができました。

胎児の脳から作成したミニ脳はおよそ米粒ほどの大きさで、「外側放射状グリア」が多いことも特徴して挙げられます。

外側放射状グリアはヒトの大脳皮質に特徴的な細胞で、マウスでは認められません。ヒトの大脳皮質の拡大や構造の複雑化に関わっていると考えられており、作成された脳オルガノイドが実際のヒトの脳によく似た構造を持っていることの証拠となりました。

胎児由来のミニ脳は、シャーレの中で6カ月以上増殖し続けました。1回の組織サンプルの回収で複数のミニ脳を作ることが可能なため、追試やサンプル数を増やして信頼性の高いデータを得ることもできるでしょう。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story