コラム

ノーベル賞受賞はなくてもスゴかった! 2023年日本人科学者の受賞研究

2023年12月30日(土)17時15分

4.林克彦

大阪大学大学院医学系研究科教授

3大科学学術誌にも数え上げられるイギリスの学術誌「ネイチャー」は、毎年12月にその年を象徴する重要な研究成果を上げた研究者を10人選んで「ことしの10人」として発表しています。

23年に日本から選ばれたのは、オスのマウスのiPS細胞から卵子を作り、別のオスの精子と受精させることで両親がオスの赤ちゃんマウスを世界で初めて誕生させた林氏です。

この研究は、将来的にヒトの男性同士のカップルが女性の卵子提供者を使わずに子供を持てる可能性を示したというだけではありません。オスマウスの細胞から卵子を作成する過程で、X染色体の複製や余剰染色体を正常な数に戻す技術も開発されたため、2本のX染色体のうち1本の全部や一部が欠損している「ターナー症候群」の女性の不妊症の治療やトリソミー(2本で1対の染色体のいずれかが3本になっている状態)の原因究明や治療法の開発にもつながる可能性があります。

さらに、絶滅危惧種の動物では、残りがオスだけ、あるいはメスだけになってしまった場合があります。林氏らは22年に、世界でメスが2頭だけになってしまったキタシロサイのiPS細胞から、卵子や精子のもとになる始原生殖細胞様細胞を試験管内で誘導することに成功しています。今回の技術を使えば、オスだけになってしまった動物も保存することが可能になるかもしれません。

現在、両親がオスの赤ちゃんマウスが誕生する成功率は約1%で、同じオス個体から得た卵子と精子を使った場合には赤ちゃんは誕生しなかったといいます。また、受精卵ができても、生育のためには女性の子宮(借り腹)が必要です。

とはいえ、今回の成果が生殖医療や遺伝子治療、多能性幹細胞の研究に大きなインパクトを与えたことは間違いありません。この先端技術の利用や規制、倫理問題についても議論を進めておくことが必要でしょう。

◇ ◇ ◇
  

ここまでは「本家」のノーベル賞受賞に近い人物と研究を紹介しましたが、近年は「イグ・ノーベル賞」の受賞者や研究内容も話題を集めています。

イグ・ノーベル賞とは、1991年、ユーモア系科学雑誌のマーク・エイブラハムズ編集長が創設した賞で、ノーベル賞に否定を表す接頭辞「Ig」を加えています。英語の「ignoble(恥ずべき、不名誉な)」にも引っ掛けていると言います。

確かに、下ネタや性生活に結びつくような研究が毎年のように受賞したり、大いに悪ふざけする授賞式がユニークだったりしますが、「人々を笑わせ、考えさせた研究」に贈られる賞で、社会実装が期待される良研究も数多く選ばれています。また、日本人は17年連続で受賞しています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

貿易分断で世界成長抑制とインフレ高進の恐れ=シュナ

ビジネス

テスラの中国生産車、3月販売は前年比11.5%減 

ビジネス

訂正(発表者側の申し出)-ユニクロ、3月国内既存店

ワールド

ロシア、石油輸出施設の操業制限 ウクライナの攻撃で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story