コラム

韓国ソウル大が「自己消滅できるロボット」を開発 将来的に偵察・監視で活躍か

2023年09月07日(木)19時45分

「必要なときに機械装置を自己破壊させる方法」自体は、これまでにも様々な手法が考案されています。偵察や監視といったスパイ活動だけでなく、回収が難しい場所で調査した後に環境への負担が少ない形に分解したり、輸送中に故障した場合に周囲の安全や個人情報を保護したりするためには、重要な配慮と考えられてきたからです。

たとえば、米ヒューストン大学の研究者らは2017年に、装置が水分子にさらされると自己破壊する回路を考案しました。18年には、米コーネル大とアメリカに拠点を置く多国籍企業のハネウェル・エアロスペース社が協力して、遠隔操作で「キルシグナル」を送信すると構成するすべてのチップが溶解する自己破壊プログラムを開発し、現在もブラッシュアップしています。

世界的にインターネット小売業を営むAmazonも、17年に自爆できる配達用ドローンを開発しました。故障が発生すると、ドローンが市街地から遠隔地に飛び、小さな破片に分解されるため、地域への危害を最小限に抑えられ、個人情報も守られると言います。

四本足の動物のような形のロボットが「油性の液だまり」に

ソフトロボットに「死」を迎えさせる方法としては、何らかのトリガーでボディが溶けるようにすることが考えられます。けれど、ソフトロボットのボディ素材に使われる「熱硬化性エラストマー」は熱や酸、化学薬品に対する耐性が強く、溶解で自己消滅させる(高分子をつなぐ鎖を切断してバラバラにする)ことには向いていません。

エラストマーとはゴムのような弾性を持つ高分子材料の総称で、熱を加えても軟化しない「熱硬化性エラストマー」と、熱を加えると軟化し冷やすと硬い状態に戻る「熱可塑性エラストマー」があります。熱硬化性に対して、熱可塑性のエラストマーは熱によって簡単に変形しますが、高分子をつなぐ鎖は切れずに距離が離れるだけであるため回復可能な状態であり、やはり自己消滅には結びつきません。

研究チームは約2年間かけてソフトロボットを自己消滅させる方法を検討し、エラストマーを作るシリコン樹脂に、紫外線にさらされるとフッ化物イオンを放出する物質(ジフェニルヨードニウムヘキサフルオロホスフェート、DPI-HFP)を添付する手法にたどりつきました。フッ化物イオンには、エラストマーの高分子を切断する作用があります。

彼らは、市販のシリコン樹脂(Ecoflex 00-30およびSylgard-184)とDPI-HFPを混ぜ合わせて型に流し込み、60℃で30分間硬化させてソフトロボットを作成しました。できあがったのは5センチ× 2センチ× 1センチほどの大きさを持つ、四本足の動物のような形のロボットです。ロボット内部には電気信号や熱、紫外線を受信できるセンサーがあり、外部から信号を送ると歩行させることができます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米マイクロソフト、英国への大規模投資発表 AIなど

ワールド

オラクルやシルバーレイク含む企業連合、TikTok

ビジネス

NY外為市場=ドル、対ユーロで4年ぶり安値 FOM

ワールド

イスラエル、ガザ市に地上侵攻 国防相「ガザは燃えて
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがまさかの「お仕置き」!
  • 3
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story