コラム

脳の認知機能を改善する血小板因子が特定される...若い血の輸血、抗老化ホルモン、運動による若返り効果の全てに関与か

2023年08月23日(水)20時50分
マウス

認知能力回復についての研究はまだ始まったばかり(写真はイメージです) Jolygon-iStock

<米カリフォルニア大サンフランシスコ校の2つの研究チームと豪クイーンズランド大のチームは、認知機能の改善に血小板第4因子(PF4)が関わっていることを特定。PF4と「脳の若返り」の関係、各チームが異なるアプローチで同じ答えに到達したことの意義について解説する>

「人生100年時代」と言われるようになって久しいですが、超長寿時代では脳機能と運動機能の老化をいかに防ぐか、遅らせられるかが重要になってきます。

脳は、加齢によって神経細胞が減少し、萎縮します。萎縮が進むと、判断力や記憶力が低下し、日常生活に支障をきたすことがあります。いったん萎縮した脳は、元通りの大きさに戻ることはないと考えられています。しかし近年は、形状は戻らなくても、脳の機能自体ならば改善、つまり「若返らせる」方法があるのではないかと研究が進められています。

これまでの研究では、老いた動物に対して若い個体の血液を輸血したり、抗老化ホルモン「クロトー(klotho)」を注射したり、運動をさせたりすることで、脳機能が改善されることが報告されています。けれど、その理由やメカニズムは明らかになっていませんでした。

今回、米カリフォルニア大サンフランシスコ校の2つの研究チームと豪クイーンズランド大の研究チームは、若い個体の血液、クロトー、運動という異なるアプローチから、脳の認知機能の改善には血液中の血小板から放出される血小板第4因子(PF4)が関わっていることを特定しました。3つの研究成果は、16日付の「Nature」「Nature Aging」「Nature Communications」にそれぞれ掲載されました。

PF4は「脳の若返り」とどのように関わっているのでしょうか。異なる方法がすべてPF4と結びついたことは、認知機能の改善に対してどんな意義があるのでしょうか。詳細を見ていきましょう。

血液凝固を促進し、傷や炎症を治す役割

「Nature」に掲載された論文を主導した、カリフォルニア大サンフランシスコ校バカール老化研究所のソール・ヴィレダ博士は、2014年に「若いマウスの血漿(けっしょう、血液から血球成分を除いたもの)を投与すると、老いたマウスの脳機能が回復する」ことを示して、注目を浴びました。

この年は、米ハーバード大の研究チームも「若いマウスの血中により多く含まれるタンパク質(GDF11)が、脳神経や筋肉細胞の再生能力に大きな影響を与えている」という研究成果を発表しており、その後、「若い個体の血液を使った脳の若返り」に関する研究は盛んに行われるようになりました。

後にヴィレダ博士らは、若いマウスの血漿には老いたマウスよりもはるかに多くの血小板由来因子「PF4」が含まれていることを発見しました。この因子は、もともと血液凝固を促進する機能を持つことが知られており、傷や炎症の治癒で役割を果たしていると考えられています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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