コラム

127℃、大気圧下で超伝導が成功? 超伝導研究の成果が「もし本当なら画期的」と疑ってかかられる理由

2023年08月02日(水)23時00分

超伝導(超電導も同じ意味)とは、特定の金属や化合物を絶対零度(0K、マイナス273.15℃)近くまで冷やしていくと、ある温度で電気抵抗が急にゼロになる現象です。

電流が流れると、超伝導体(超伝導が起きている物質)以外の通常の物質では熱が発生し、電気のエネルギーの一部が失われます。けれど超伝導の場合は、電気抵抗がないために発熱せず、エネルギーのロスが起こりません。また、超伝導が起きると、超伝導体の上に磁石を乗せると空中に浮かぶ「磁気浮上」が観察されます。

超伝導の原理は、現在でも医療用のMRI(核磁気共鳴断層撮影装置)などに使われています。開発中の中央新幹線(超電導リニア)も、時速500キロで走るために超伝導による磁気浮上を利用する予定です。

ただし、MRIでも超電導リニアでも、マイナス269℃の液体ヘリウムで冷却したニオブチタン合金が超伝導体として使われています。冷却コスト問題の解消やどこでも利用できるようにするために、より高温で超伝導が起きる物質の研究開発が、世界各国で進められてきました。

これまでに超伝導が起きた最高温度として広く受け入れられている記録は、18年に米アルゴンヌ国立研究所のマダリー・ソマヤジュラ博士らが水素化ランタン化合物で達成した260K(約マイナス13°C)ですが、これはメガバール領域(100万気圧)での成功です。冷却がいらない温度(常温あるいは室温)で大気圧(常圧)下での成功は、超伝導の最終目標と言えるでしょう。

合成は簡単、他機関も再現を試みる

今回、韓国チームは、開発したLK-99は大気圧下かつ127℃以下ならば超伝導が起きると主張しています。つまり、超伝導の最高温度を一気に140℃更新し、しかも1気圧でよいという意味です。LK-99は、李石培(Sukbae Lee)博士と金智勳(Ji-Hoon Kim)博士の頭文字から名付けられたそうです。

この物質は、化学式がPb10-xCux(PO4)6Oの鉛アパタイトの一種で、ラナルカイト(Pb2(SO4)O )とリン化銅(Cu3P)をモル比1:1の割合で粉砕した混合物を、真空排気して密封したうえで925℃まで加熱すると形成されるといいます。研究者らは「鉛の一部が銅に置き換わることによって結晶が歪み、それが超伝導のメカニズムに関わっているのではないか」と考察しています。

韓国チームはLK-99が磁気浮上している動画を公開し、7月28日には韓国の論文誌にさらに実験データを増やして投稿しました。加えて、LK-99は非常に簡単に合成ができるので、米アルゴンヌ国立研究所、南京大学物理学部、インド国立物理研究所などがすぐに追試を始めて超伝導の再現を試みました。けれど、8月2日現在、失敗に終わったと発表しています。LK-99の研究者たちは、結晶は多結晶で不均一だと述べているので、単結晶で均一な結晶を作成することができれば、再現が可能なのかもしれません。

実際に、中国の華中科技大学は、結晶の状態は明らかにしていませんが「作成したLK-99の磁気浮遊の動画」を公開して韓国チームの実験の再現を示唆しています。さらに米ローレンス・バークレー国立研究所と中国の瀋陽国立研究所は、密度汎関数理論を使って「理論上ではLK-99は常温常圧で超電導を起こしうる」という計算結果を発表しています。

ロウ博士も第1報以来、新情報が入るごとに記事を更新しており、8月1日には「瀋陽とローレンス・バークレーの計算は非常に前向きな展開。世界がこれまでに見た室温常圧での超電導現象の中で最も信憑性のあるものだ」と述べています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国防長官候補巡る警察報告書を公表、17年の性的暴

ビジネス

10月の全国消費者物価、電気補助金などで2カ月連続

ワールド

サハリン2はエネルギー安保上重要、供給確保支障ない

ワールド

シンガポールGDP、第3四半期は前年比5.4%増に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story