コラム

インプラント不要、ヒトの脳内思考を読み取ってAIで文章化する方法が開発される

2023年05月24日(水)10時20分

実際に被験者に読み聞かせた文章と、AIによって再現された文章との類似度を単語レベルと意味レベルで評価し、繰り返しトレーニングすることで、一人ひとりの脳に対するオーダーメイドの解読モデルを作りました。

AIのトレーニングのために、26歳の女性、36歳の男性、23歳の男性の被験者は、ポッドキャストをそれぞれ16時間ずつ聞きました。内容は1人の話者が語る5~15分の自伝的な物語で、82のテスト・ストーリーが流れる間の脳の活動がfMRIで画像として記録されました。

準備が整ったところで、研究者たちは同じ3人に新しい物語を聞かせました。個人の脳活動の特徴を学習済みのAIには、fMRIの画像データだけを与えて物語の内容を予測させました。すると、物語を聞いている時間の72~82%で、たまたま似た文章ができる場合の類似度の値を大きく上回りました。

さらに、被験者自身に頭の中でスピーチを考えてもらいながらfMRIで記録しました。後に、実際のスピーチ内容と、fMRI記録からAIが解読したスピーチを比較しても、十分なレベルで解読ができていました。

また、被験者に短い無音の動画を視聴してもらい、そのときの脳活動の記録をAIで文章化すると、被験者が「I see a girl that looks just like me get hit on her back and then she is knocked off(自分に似た女の子が背中を殴られて倒されているところが見えている)」と考えていることが分かりました。つまり、音の情報がなくても、その人が見ているものをfMRIの記録から推測できることが示唆されました。

人の脳活動をAIで文章化する実験は、さらに応用的な試みも行われました。

被験者に同時に2つの物語を聞かせて、「片方は積極的に耳を傾け、もう一方は無視するように」と指示した実験では、AIは積極的に聞いた物語のほうの意味をつかむことができました。

本当にAIの分析は「オーダーメイド」なのかを確かめるために、ある被験者のfMRIデータで訓練したAIで別の被験者のfMRIデータの意味を推測させたところ、性能は低下しました。

研究チームは、今回の実験では大型装置のMRIを使ったものの、持ち運び可能な近赤外分光装置を使ったfNIRS(機能的近赤外分光法)でも同様に脳活動の読み取りができるといいます。

発声できない人とのコミュニケーション、犯罪予防にも

脳内の考えを読み取る技術は、近年、大きく加速しています。

発声がなくても意思疎通ができれば、病気などで声が出せない人とのコミュニケーション手段になります。あるいは、要注意人物の思考を追跡できれば、犯罪を未然に防ぐこともできるかもしれません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story