コラム

既存の薬から見つかった「脳食いアメーバ」の特効薬 未承認薬、適応外薬をめぐる日本のスタンスは?

2023年02月14日(火)11時30分
脳食いアメーバ

「脳食いアメーバ」のフォーラーネグレリアは川や湖水、温泉など温かい淡水に生息する(写真はイメージです) Kateryna Kon-shutterstock

<致死率90%以上とされるアメーバ性脳炎を概観し、別の感染症の薬を治療に転用することについて考える>

感染症のうち人を死に至らせる可能性のある病気は、COVID-19やペストなどウイルス性や細菌性のものが広く知られています。新型コロナウイルス感染症は23年2月13日現在、世界で累計約6億7000万人が感染し、約685万人が死亡しています。

日本や先進国ではほとんど見られなくなりましたが、寄生虫性感染症も未だ人類の脅威となっています。新型コロナが現れる前は、世界で最も多い感染症は寄生虫が原因のマラリアでした。厚生労働省によると、21年の感染者は約2億4700万人で、死亡者は約62万人と推定されています。

感染者は少ないものの致死率90%以上とされる「脳食いアメーバ」によるアメーバ性脳炎は、近年、先進国で注目されている寄生虫感染症です。感染経路などに謎が多い感染症ですが、国内でも海外渡航経験のない人が発症しているため、原因アメーバは既に日本にいると考えられています。一般的な治療法は、アムホテリシンB、ミコナゾール等を数種類組み合わせて大量投与するやり方ですが、生存例はまれです。

米カリフォルニア大サンフランシスコ校(UCSF)の研究チームは、脳食いアメーバに尿路感染症に使う抗菌薬「ニトロキソリン」を適応症外で投与したところ、1週間あまりで病状が回復したと発表しました。研究成果は、2月3日付の米科学総合誌「Science」Web版で紹介されました。

脳食いアメーバを概観し、別の感染症の薬を治療に転用することについても考えてみましょう。

温かい淡水を好むフォーラーネグレリア

アメーバ性脳炎は、自然環境中に生息する自由生活性のアメーバ(フォーラーネグレリア、アカントアメーバ、B.マンドリラリスなど)による中枢神経感染症です。病気を起こすアメーバには消化器疾患を起こす寄生性の赤痢アメーバもおり、この種もまれに脳に寄生しますが、「脳食いアメーバ」として恐れられているものとは区別されます。

フォーラーネグレリアは温かい淡水を好むため、川や湖水、温泉、消毒が十分でない水道水などに生息します。日本と同じ火山国で温泉の多いニュージランドでは、「アメーバ性脳炎の危険があるため、湯に顔をつけてはいけません」という看板もよく見かけるそうです。

汚染された水を鼻から吸い込むと、嗅神経を経由して脳に感染し、原発性アメーバ性髄膜脳炎(PAM)を発症する場合があります。健康な若年層が、湖での水泳後に突然発症する例が多く、頭痛、発熱、嘔吐などが現れます。けれど、感染初期に他の脳炎と鑑別診断することは難しく、PAMを疑う前に急激に悪化して昏睡や痙攣し、手遅れになる場合が多いと言います。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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