コラム

体の左右非対称を決めるのは、化学物質ではなく「力」と判明

2023年01月17日(火)11時25分

今回、研究グループは、マウス胚を使って、数十ナノメートルの解像度を実現した「STED顕微鏡(誘導放出抑制顕微鏡、14年ノーベル化学賞)」で解析を行いました。その結果、ノード流によって、ノードの左側にある不動繊毛は腹側に曲げられ、右側の不動繊毛は背側に曲げられるという、左右非対称な変形が観察されました。

そこで、研究者たちは、不動繊毛は化学物質ではなく、機械的に曲げられることによって活性化するのではないかと仮説を立てました。実証のために、光を使って溶液内の微粒子を動かす「光ピンセット」(18年ノーベル物理学賞)の技術を用いて、人工的に不動繊毛を曲げながら左側を決めるシグナルの活性化を測定しました。すると、腹側に曲がったときにのみ、左側を決めるシグナルが活性化されることを発見しました。

この事実は、ノードの不動繊毛の「機械刺激受容説」を証明しただけでなく、不動繊毛が「曲げられる向きを感知するアンテナ」として機能する全く新しいタイプの受容組織であることも示しました。

先天性疾患の克服にも貢献できる可能性

さらに「なぜ不動繊毛は腹側への曲げのみにシグナルを活性化させるのか」を調べるために、超解像顕微鏡(3D STED 顕微鏡)を使って解析すると、①腹側に曲げられる不動繊毛では背側で膜張力が増加する、②不動繊毛表面のセンサータンパク質(Pkd2チャネル)は背側により多く分布していることを発見しました。

Pkd2 チャネルは膜張力の増加で活性化するセンサーです。そのため、不動繊毛が腹側に曲げられ、背側の膜張力が増加する左側の不動繊毛だけが、ノード流に応答すると考えられました。つまり、不動繊毛は腹側への曲げのみに反応する「曲げられる向きを感知できるアンテナ」であるため、ノードの左側のみで左側を決定するシグナルが活性化することが「ノードで左右対称性が破られるメカニズム」と分かりました。

今後は、左右非対称性の決定後、その情報を使っていかに正確な位置に正確な形状の臓器を形成していくのかの過程が解明されれば、倫理的な問題の議論は必要ですが、胚治療によって左右非対称性の異常による先天性疾患の克服に貢献できる可能性があります。

内部構造の左右非対称は「省スペース化」のため?

理研グループの研究成果が発表されたScienceには、別のグループによる左右非対称性に関する論文も掲載されています。

米マサチューセッツ州総合病院、ハーバード大などの研究グループは、ゼブラフィッシュ胚のノードの動繊毛の動きを止めたり、不動繊毛を光ピンセットで人工的に動かしたりすることで、ノードの不動繊毛の「機械刺激受容説」を証明しました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インド製造業PMI、3月は8カ月ぶり高水準 新規受

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

ユニクロ、3月国内既存店売上高は前年比1.5%減 

ビジネス

日経平均は続伸、米相互関税の詳細公表を控え模様眺め
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story